バーナンキFRB議長のタカ派発言は、成功しすぎた故だったのか? --- 長谷川 公敏

アゴラ

5月1日のFOMC(米連邦公開市場委員会:FRBの金融政策決定会合)の「声明文」が始まりだった。

米国債券市場は、声明文に「適切な(金融)緩和政策を維持するため、委員会には資産購入ペースを加速あるいは減速させる用意がある」(注1)との文言があるのを見つけ、FRBによる金融緩和終了の兆しを感じとった。
(下線は筆者)

米国経済は政府やFRBの大胆で巧みな政策で、「100年に一度」といわれたリーマンショックの影響を「10年に一度」程度に軽減し、米経済を正常な軌道に戻しつつある。とりわけバーナンキFRB議長は、大恐慌研究の第一人者としての手腕を発揮し、米経済の難局を乗り切って来た。


■騒動の経緯

米経済は、GDPや株価が既に史上最高を更新し正常な軌道に戻りつつあるものの、未だ道半ばで、FRBが金融政策の目標としている+2%程度の物価目標や6.5%程度の失業率は達成されていない。

それにもかかわらず、バーナンキ議長は5月22日の議会証言で「金融の量的緩和縮小」に言及し、更に6月19日のFOMC後の記者会見でも同様の発言をした。

経済正常化が道半ばの段階で、議長が金融政策の変更に言及するのは極めて不可解であり、市場は大いに驚き米10年国債利回りは急騰、5月のFOMC後に1%ポイント以上(1.6%台→2.7%台)も上昇した。市場の反応に驚いたFRB関係者は、あわてて金融政策変更観測の火消しに奔走し、「議長の発言はFOMCの総意ではない」と言及するFRB理事まで現れた。

騒ぎが大きくなりFRB関係者が走り回る中、議長は一切発言しなかったが、7月10日の講演で5月22日や6月19日の発言を事実上撤回したため、市場は一旦落ち着きを取り戻した。

■議長の真意

バーナンキ議長は、なぜこうした行動を取ったのだろうか。議長の金融政策変更発言の真意は分からないが、これまでの議長の発言などから考えてみたい。

バーナンキ議長は7月10日の講演後の質疑応答で「タカ派発言の真意」を問われ、「(債券)バブル発生の未然防止」である旨の返答をした。しかし、そもそも「バブルの発生と崩壊は予見できない」というのが議長の持論であり、この返答は矛盾している。

議長は来年1月末の任期切れを控え、世間の金融政策への評価が低すぎると思ったのではないか。

リーマンショックという「100年に一度」の出来事を極めてうまく乗りきれたことで、結果として世間がショックの重さを過小評価してしまったようだ。そのため、米市場ではリーマンショックの翌年の暮れには早々と利上げ観測が出るなど、折に触れ金融緩和政策の転換がうわさされ今日に至っている。

また、米野党共和党はバーナンキ議長の政策に批判的で、先の大統領選挙の際に共和党幹部が「バーナンキ議長を再任しない」などと発言、更にオバマ大統領もこの春に早々と議長の後任探しに着手している。だが、バーナンキ議長が「再任を望まない」と発言したことはない。

議長は自身の成果があまりにも過小評価されていることが不快だったのではないか。

「本当に政策変更したらどうなるか」と議長が考えたとしても無理はない。

■読めない政策変更のリスク

市場では「9月からQE3の規模縮小」(注2)がほぼコンセンサスになり、オバマ大統領が「超金融緩和に伴うバブルを懸念している」旨の報道もある。

2008年11月に開始されたQEが「未知の政策」で、当初は効果(影響)が読めなかったのと同様に、QE縮小も「未知の政策」であり、その効果(影響)は不明だ。実際にQE3が縮小され、FRB議長が交代したら米経済はどうなるのだろうか。


(注1)FRBはリーマンショック後、すぐに「実質的なゼロ金利政策」を実施、その後2008年11月・QE1、2010年11月・QE2、2012年9月・QE3という「量的金融緩和策」を実施し、今日に至っている。

(注2)QEとは「Quantitative Easing」の略で、QE3は。450億ドル/月の米国債購入と、400億ドル/月のMBS(住宅ローン担保証券)購入などを、無期限に実施する政策。

長谷川 公敏
(株)第一生命経済研究所 代表取締役社長


編集部より:この記事は「先見創意の会」2013年8月27日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。