存亡の岐路に立つ「農協」 --- 岡本 裕明

アゴラ

農業協同組合とはある意味、大きく変化しながら成長する日本の歴史の中で変革を拒み続けようとする巨大組織であります。突然の環境異変で恐竜が絶滅したことといつも頭の中でダブるのですが、農協がこのままではほぼ存続不可能になるだろう思っている人もいらっしゃるかもしれません。

農協の前身は江戸時代の天保期に今の千葉県あたりで先祖株組合なるものではないかとされていますが、戦後の農地改革を受けて出来た今の農協とは意味合いは大いに違うものだろうと思います。


当時、日本では土地を所有する小作人が大量にいる中、食糧難で農業を集中的に管理するという目的のもと、農協の存在意義はひときわ大きいものになりました。

日本では農民が土地を持つという世界でも珍しい形態が維持されてきたことが今日の農業を語る上で大きなキーポイントになります。つまり、欧米では資本家が土地を所有し、農奴がそれを耕すという明白な労使の関係がありました。今では農奴という言葉はないのですが、農業従事するための特例の労働条件は現在でも考慮されています。ここカナダでも農業の季節性などを鑑み、労働法に特例が設けられています。

一方、戦後直後の日本の農家は資本もなければノウハウもない、農機具も不足しているという中で農協が丸ごと面倒を見るという形が作り上げられました。まさに農家にとって切っても切れない関係です。そして農業というビジネスから農家の預金や保険まであらゆる方面にその影響力を伸ばしていきました。最終的には日本の政治を左右するまでに至るわけです。

このシステムは日本の農業が諸外国から守られている限りにおいて極めて有効に働き、農協が絶大なる力を持って世の中に君臨できます。ただその間、農業の魅力を次世代に伝えることは出来ませんでした。それはもともと小作農を重視するというスタンスであり、先祖代々の土地を如何に守るかという側面があったことは否めません。大規模農業の参入を妨げ、若年層が魅力を感じる農業に仕立て上げることが出来なくなったともいえるのです。面白いことに酪農の従事者は農業に比べてずっと若いのですが、生きた動物と対話する楽しさを若者は見出したのかもしれません。

今、農協経由で農作物を販売しても農家はより高い手数料を取られるとされています。種子などを購入するに際しても農家が直接交渉したりねごるという発想はないかもしれません。農協が農家をビジネスとして積極的に育てるという話はあまり聞きません。それは金満農協が農業支援につぎ込んだ資金が如何に少ないかという統計的データからも明白であります。農協の総貸付金額のうち、農業向け資金はわずか3.8%に過ぎず、大半は住宅ローンやら非農業への貸付なのであります。

結果として本気で農業をやる人たちが農協を経由しない出荷方法を探り始めました。また、消費者やレストランなどは農家から直接購入することに鮮度や食の安全という点で付加価値を見出し始めました。これは今後、大きなトレンドになることでしょう。企業による大規模農業経営が始まれば小作で太刀打ちできなくなります。また、農家の農協離れが加速することも大いにありえるでしょう。

農協は古い体質から抜け出すことなく、若者への魅力を語ることもなく、保身的で新たなるチャレンジをしなかったことで農家のバトンを受け渡す方法を失ってしまったといっても過言ではありません。

農協が農協として存続したいのであれば今がラストチャンスだと思っています。TPPに日本は間違いなく参加するでしょう。外国からの大波に飲まれるのか、飲み返すのか、もはや、動かない巨大組織よりフットワークの軽い民間企業に頼るという声が高まる中で内部崩壊を生む前に対策をとるべきでしょう。

世の中は進化し続けるということを農協の幹部は肝に銘じるべきだろうと思います。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2013年8月31日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。