アルバニアは共産政権時代、世界で唯一「無神論国家」を宣言し、長い間、鎖国政策を取ってきた。その同国で1992年4月、民主化後の大統領に就任したベリシャ大統領(当時)と単独会見するため、当方は95年5月29日、首都ティラナを訪問した。その会見後、大統領府に近い公園で1人の青年に会った。青年は学校の体育教師をしているという。その彼が「子供たちに本当のバスケットボールで練習させたい」と語ったことを今でも鮮明に思い出す。バスケットボールは「欧州の最貧国」アルバニアでは贅沢品であり、学校でも手に入れるのが難しかった時代だった。
どうして、アルバニアの青年の「バスケットボールの話」をしたかというと、北朝鮮最高指導者の金正恩第一書記の招きで米プロバスケットボールNBAの元スター選手デニス・ロッドマン氏が3日、平壌を再訪したというニュースを聞いたからだ。
冷戦時代のアルバニアと北朝鮮の現状はよく似ている。両国とも久しく鎖国政策をとり、アルバニアは「欧州の孤児」と呼ばれ、北朝鮮は「国際社会の異端児」と受け取られている。
民主化前のアルバニアと同様、北朝鮮でもバスケットボールは貴重品だろう。北の青年たちがバスケットボールを買って、公園で遊ぶ姿などは見られないだろう。それができるのは、金第1書記を含む一部のエリート層たちだけだ(欧州では数年前、北にサッカーボールをプレゼントする非政府機関があった。北ではバスケットボールだけではなく、サッカーボールも同様、貴重品だ)。
ロッドマン氏が平壌を初訪問した時、金第1書記は同氏と一緒にバスケット試合を観戦し、抱き合って大喜びだった。一方、大多数の国民は飢えに苦しみ、バスケットボールを興じる時間はない。バスケットボールをもっている平壌市民となれば、ほぼ皆無だろう。だから、北の国営放送がバスケットボールの試合を放送し、ロッドマン氏を映し出した時、「国民の多くはバスケットボールの試合より、長身で口と耳の周りにピアスとイヤリングをつけ、頭髪はライオンのように伸び放題のロッドマン氏の姿に先ず、驚かされた」(北朝鮮情報誌デイリーNK)という。正恩氏は念願のスターに会えて有頂天だが、国民はロッドマン氏の姿に驚いていたのだ。金第1書記は国民と同じ国に住みながら、まったく別の世界の住人なのだ。
金第1書記は江原道元山地区で馬息嶺スキー場の年内完成を指令した。その狙いは「国民が最高の設備のもとスキーが楽しめるようにするため」という。綾羅人民遊園地の完成、平壌中央動物園の改修から始まり、バスケットボールの普及、そして世界的なスキー場建設まで、金第1書記が推進する国家プロジェクトはなぜか国民の受けがよくない。当然だろう。北の国民は世界最高級のスキー場でスキーをし、NBAの元スター選手と談笑したいとは願っていない。彼らが願っていることはただ一つだ。金第1書記の祖父・金日成主席の口癖だった「白米を食べ、肉のスープを飲み、絹の服を着て、瓦屋根の家に住む」ことだ。
北朝鮮と同様、世界の最貧国だったアルバニアは目下、欧州連合(EU)加盟を申請する一方、国民経済の回復に努力している。金第1書記は民主化後のアルバニアの歩みを参考に、国民経済の再建に乗り出すべき時だ。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2013年9月10日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。