イギリスは「産業革命」による技術革新と株式会社による資本蓄積で産業資本主義を生み出し、世界各地に植民地を建設して自由貿易による富で大英帝国を建設した――と教科書では教わるが、本書の紹介する最近の歴史学では、これは間違いである。
CraftsやClarkなどの計量経済史的な研究によれば、18世紀後半のイギリスの生産性上昇率は年1%程度であり、産業革命と呼ばれるほど急速な技術革新はみられない。主要な産業は手工業だったので、大規模な機械制工場もなかった。
ではイギリスに初めて資本主義が生まれた原因は何だったのか。これについてはいまだに論争が絶えないが、本書によると奴隷貿易が大きな役割を果たした可能性は否定できない。ポメランツも、資本主義を生み出したのは1200万人の奴隷貿易と国営の海賊を使って新大陸やアジアの富を掠奪した「血まみれの手」だという。これは左翼のアジテーションではなく、アメリカ歴史学会長の見解である。
日本人が教えられてきた「自立した近代的個人」が市民社会をつくった、という類の歴史は、西洋人がみずからを美化するための「勝者の書いた歴史」なのだ。株式会社によって資本主義ができたというのも嘘で、川北稔氏によれば、初期のイギリスの製造業に株式会社はほとんどなかった。そのような大規模な資金調達を必要としたのは東インド会社による植民地支配であり、これは国家事業である。
つまりマルクスが『資本論』で書いたように「資本は頭のてっぺんから足の先までのあらゆる毛穴から、血と油を滴らせながらこの世に生まれてくるのである」。それも彼が考えたよりはるかに大規模な虐殺と掠奪によって、グローバルな本源的蓄積が行なわれたのだ。ヨーロッパの西端の小国イギリスが世界最大の植民地国家になったのは、海賊を使って制海権をスペイン無敵艦隊から奪ったからである。
このように最近の研究では、資本主義の本質はマルクスの描いたように暴力と搾取だという見方が有力になりつつある。ボウルズもいうように、合理的な消費者の効用最大化のために企業が完全競争市場で競争する、という新古典派経済学のユートピア資本主義は、その血なまぐさい実態を隠蔽するためにつくられた神話である。
イギリス帝国は「見えざる手」に導かれた自由貿易国ではなく、海賊と奴隷貿易で世界を征服した国家資本主義であり、新古典派の教科書より今の中国に近い。よくも悪くも急成長期の資本主義とはそういうものであり、それにどう対応するかを考えるには、新古典派もDSGEも何も教えてくれない。10月から始まるアゴラ読書塾パート2では、こうしたリアルな資本主義の姿を明らかにし、日本人がそれにどう対応すべきかを考える。