「時価会計」を時価評価する --- 宇和 吾郎

アゴラ

いつの時代にも、経済的な熱狂がある。最近では、アベノミクスだろう。このところの新聞や雑誌で、この言葉にお目にかからない日はない。「東京オリンピック招致はアベノミクスの第四の矢だ」「消費増税の前に法人税減税は断行されるのか」となにかと話題になる。

それが15年前は、どうだったか?橋本元首相が打ち出した「金融ビックバン」で経済界は狂騒状態になっていた。

日本人の特性はよく勤勉と言われる。酷な言い方だが、もう一つの特性は「過去のことを忘れ、正しく総括しない」ことだろう。その意味で、フリー、フェアー、グローバルを合言葉に金融システムの改革を推進しようとした金融ビッグバンとは何だったのか?現時点で問い直すことも悪くない。


■時価会計とは
とはいっても本コラムで、金融ビッグバンそのものを取り上げるにはあまりにもテーマが大き過ぎる。今回はその中のひとつの柱であった会計制度の改革について考えてみたい。

会計制度は、専門的で地味だが、実は具体的であるだけに、この変更は日本企業に大きな影響を与えた。なかでも時価会計の導入は日本的経営の根幹を揺り動かしたといっても過言ではないだろう。

そもそも時価会計とはなんだろうか。3つの要素がある。

1.一部の金融資産や不動産を時価で再評価する。
2.期末の見直しに伴い、時価と簿価の差額を評価損益として、バランスシート(BS)や損益計算書(PL)に反映させる。
3.その結果、時価会計は期末時点における企業の財政状況を正確に示す。

以上であるが、まことにもっともなことで、当時マスコミは含み益など不明朗な資産を白日の下にさらす、ディスクロジャーの柱として導入に大賛成であった。

しかし、海外のおける時価会計導入の足跡を調べてみると違った風景が出てくる。時価会計の反対は、簿価で評価する原価会計で、米国ではもともとは原価会計だった。それが時価会計に変わったのは1980年に起きたS&L(貯蓄貸付組合)の経営破たんがきっかけだ。

なぜ破綻したかというと、1982年に時のレーガン大統領が、「金利を自由化する代わりに、土地にも投資してもいいし、有価証券にも投資していい」と大幅な規制緩和をした。この結果、S&Lは投資した土地や株式などで値上がりしたものはどんどん売って、その売却益を利益に計上し、一方で値下がりしたものは原価会計のもと手元に残しておいた。そして、株や石油などの相場が急落すると、含み損が巨額に膨らみ、なんと全米で700行ものS&Lが経営破たんしたのだ。そして、S&Lのように原価会計を悪用させないために、時価会計が導入された。

■IFRSでは使わない約束?
その次の動きが国際会計基準のIFRS(イファース)を推進する欧州は、それを世界標準にするために、米国に合わせて時価会計をIFRSの基準に採用した。だが、IFRSの内部では、時価会計に懐疑的なメンバーが多く、その実用に当たっては、いくつかの制限が設けられた。

その代表が国際会計基準39号の項目である。ここではなんと「特定の産業に使えない」「暫定基準である」「3年たったら見直しをする」と記述されている。つまり、米国ではS&Lに対する緊急措置、欧州では「使わない約束」となっていたものを、日本では、正しいディスクロージャーとして、その経緯と功罪を冷静に考慮せず、受け入れたのである。

さらに、考えさせられる事例がある。2008年秋のリーマンショックによって、米国の名だたる投資銀行は債券など保有する巨額の金融資産の目減りに苦しんでいた。このままだと、時価会計による期末の評価損の表面化によって、経営破たんが必須の情勢であった。で、米国はどう動いたか?

これまで売買目的にしていた有価証券(特に債券)を途中から満期目的に変更することを国際会計基準審議会に要求して、それが通ったのである。満期目的であれば取得原価のままである。これで市場がどう変動しようと、評価損は出さず、利息収入だけ利益として計上できるようになったのだ。時価評価を標榜していた米国がなんと自らが自国の都合で時価評価の一部停止を実現したのである。

■手品師がつくった時価会計
そして、これが一番の問題かもしれないが、時価評価の時価とは何か?である。たぶん、一般的な常識は、時価とはその時の正当な評価を表す価格であるというものだろう。

しかし、ちょっと考えて欲しい。リーマンショックの後、各国中央銀行は巨額の資金を市中に供給した結果、世界の資本市場にはヘッジファンドに象徴される投機マネーが徘徊している状態だ。そこで起こっているのは、外国為替にしても株式にしても、価格(相場)の極端なまでの変動である。たとえば、日経平均株価など、一日に1000円も急落することもあれば、500円も急騰することもある。しかも、そこには先物相場などのデリバティブ取引が複雑にからんでいる。ヘッジファンドなどが短期的に利益を上げるため人為的に価格を演出することも可能なのである。

時価のことをフェアバリューといい、時価会計のことをマーク・トゥ・マーケットと呼んでいるが、当のウオール街では、「マジック・トゥ・マーケット」といういい方もあるそうだ。つまり、手品師がつくった時価で、時価評価しているのであり、痛烈な時価会計への批判である。

第二次世界大戦後にすべてを失った日本は、最優先で経済の復興を進めてきた。まず会社を強くし、雇用を増やし、賃金を上げ、それで日本人の暮らしを向上させてきた。その会社を強くする「影のエンジン」の役割を果たしたのが、原価主義だった。保有する土地や株式が値上がりしても、その含みを吐き出す必要がなく、逆にその含みを担保にメーンバンクから容易に融資を引出し、新たな設備投資など成長投資に振り向け、それが再び利益を拡大していく──という黄金循環だった。このサイクル楔を打ち込んだのが、時価会計であり、それに連動して導入された減損会計と四半期決算だろう。

■時価会計は大幅な見直しを
この一連の会計改革により、日本企業がお家芸としてきた中長期の視点による骨太の経営スタイルが大きく崩れてしまったのだ。企業は人なりである。いまの多くの日本の経営者は、目先の決算で成果をあげることに目が奪われていて、かつてのように人材育成にじっくり時間をかける余裕がなくなっている。

ビックバンも含めて、1980年代後半から1990年代に金融界で起きた金融自由化、BIS規制、日米構造協議などの背景には、明らかに米国などの意図がある。その意図とは日本企業の弱体化であり、日本に対するその戦略はものの見事に成功している。

「構造改革」という大義名分を掲げる欧米に真っ向から挑戦することは、一方で米国に軍事的に依存している日本にとって困難を伴うだろう。しかし、少なくともその欠陥が明らかになっている時価会計について、当局並びに関係者はそれを損益決算からはずし、脚注にとどめるくらいの大幅な見直しに踏み切る気概を持ってほしいものだ。

宇和吾郎
ジャーナリスト


編集部より:この記事は「先見創意の会」2013年9月17日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。