不良債権って何?

池田 信夫

ドラマ「半沢直樹」が大人気のうちに終わりました。最終回の視聴率は関東で42.2%と、平成の民放ドラマでは最高だそうです。舞台が銀行で、テーマが不良債権というむずかしいドラマがこれほど人気になったのは不思議ですが、日本のサラリーマンのストレス解消になったんでしょうか。

小学生のみなさんには、そもそも不良債権って何のことかわからないでしょうが、これは返してくれない借金のことです。たとえば西大阪スチールが倒産して、半沢が貸した5億円がこげついてしまったとき「東京中央銀行は5億円の不良債権を抱えた」といいます。債権というのは、お金を返してもらう権利のことですが、借りたほうにお金がないと不良債権になってしまうわけです。

5億円ぐらいならまだいいのですが、1990年代には日本の銀行が何兆円も不良債権を抱えてたくさんつぶれました。私が取材した中で一番すごかったのは尾上縫という大阪の料亭のおばあちゃんにいろんな銀行が延べ2兆7000億円以上も融資した事件で、最終的には4300億円の損失が出ました。「占いで株を買う」というおばあちゃんにこんな巨額の融資が行なわれたのは、興銀が融資していたためといわれますが、その担保になっていた預金証書はにせものでした。

尾上縫事件は単純な詐欺事件でしたが、普通はもっと複雑です。特にひどかったのはイトマン事件で、最終的に5000億円の損失を出して会社が消滅し、その損失は住友銀行が全部かぶりました。この事件には今も謎の部分が多いのですが、もとは磯田一郎会長の娘が山口組に誘拐された事件だったといわれています。このとき山口組に掛け合って娘を取り戻したのが伊藤寿永光という人物でしたが、彼が実は山口組の企業舎弟でした。

ところが磯田が住友銀行の副頭取からイトマンに送り込んだ河村良彦社長が、伊藤をイトマンの常務にしてしまったのです。詐欺師を企業の中枢に入れたのだから大変で、伊藤は許永中という詐欺師と組んで、1年足らずの間に3000億円以上の不正融資をしましたが、それはほとんど返済されなかった。伊藤は山口組に多額の借金を抱えており、それを返すためにイトマンを利用したといわれています。

このように不良債権には「闇の勢力」がからむことが多い。これは日本では借地人の権利が借地借家法で強く守られているため、土地を買収しても借地人が立ちのかないことが多いためです。「地上げ屋」というのは、もとは「底地買い」で買収された土地に建っている借家を立ちのかせる商売でした。裁判を起こしても勝てないので、暴力団などを使っていやがらせをして追い出したのです。

もちろん普通の企業がこういう闇の勢力を使うと問題になるので、いろいろダミーの会社を使って、誰が本当の買い手かわからないようにしました。このため、バブルが崩壊すると解決に時間がかかり、2002年に小泉内閣で竹中平蔵金融担当相によって最終処理が行なわれるまで10年かかりました。最終的には約100兆円の損失が出て、公的資金が46兆円投入されました。

「半沢直樹」と現実が違うのは、このように実際の不良債権問題では、「飛ばし」といって債権をあちこちに移し、ダミー会社で多くの人がからむので、破綻したとき、だれに責任があるのかわからないことです。ドラマのように単純な詐欺や背任ならまだいいのですが、たいていは会社の破綻をとりつくろうために(本人は善意で)やったので、だれも責任をとらない。

それでも90年代の不良債権は民間の不動産融資で100兆円規模でしたが、いま日本の政府債務は1000兆円を超えています。この国債バブルが崩壊したときは、銀行がつぶれるだけではすまず、財政が破綻しますが、日銀の黒田総裁は国債を200兆円近く買って、バブルを膨張させています。この価格が1割下がっただけでも、20兆円の損が出ます。

世の中に「金のなる木」はありません。金がジャブジャブに余って無限に借金できるようにみえた80年代のバブル期の錯覚が、今また起こっているようにみえます。しかも今度は、借金しているのは不動産業者ではなく、政府=全国民です。日銀が抱え込んだ莫大な国債が不良債権になったときは、90年代よりはるかに深刻な結果になるでしょう。