安倍政権の規制改革の目玉として、「国家戦略特区」が検討されています。特区というのは、地域を限って規制をなくしたり緩和したりすることですが、これまであまり成功したことがありません。役所は規制をなくすのがいやなので、特区の中だけで「あまり効果がない」という結論を出して終わってしまうことが多いのです。
今回の特区構想の中で特に注目されているのが、朝日新聞が解雇特区と名づけて、激しくネガティブ・キャンペーンを繰り広げている雇用規制です。しかし特区構想の中では、「解雇特区」などという言葉は使われていません。これは専門職や大学院卒業者に限って解雇のルールを事前に決めて雇用しやすくしようというもので、主として外資系企業の誘致をねらっています。
ところが朝日新聞の山本知弘記者は「例えば、「遅刻をすれば解雇」といった条件で契約し、実際に遅刻をすると解雇できる」と書いています。果たしてそんな契約ができるでしょうか。
民法には公序良俗に反する契約は無効とする規定があります(90条)。公序良俗というのはむずかしい言葉ですが、非常識な契約は(たとえ当事者が合意しても)無効になるという意味です。
たとえば朝日新聞社が「遅刻をすれば解雇」という就業規則をつくったとしましょう。山本記者が遅刻して解雇されたら、彼は「こんなばかげた就業規則は公序良俗に反する」と訴訟を起こせば確実に勝てるでしょう。したがって、そんな就業規則をつくる会社はありません。
山本記者は、何を考えてこんなことを書いたのでしょうか。彼がバカだからという可能性もありますが、たぶん彼の所属する厚労省記者クラブで、役所に聞いたのでしょう。特区の案が発表されるずっと前から、その内容が朝日新聞だけに「リーク」されているのは、厚労省がこれをつぶしたいからだと思われます。よくある手です。
普通の読者は、むずかしい政治記事は見出しぐらいしか読まないので、「解雇特区」という見出しを見ただけで「クビにしやすくするなんて、とんでもない話だ」と思うでしょう。それで終わりです。「解雇特区」という名前をつけた段階で、朝日新聞の勝ちは決まったようなものです。
しかし朝日新聞社の経営者は、困ってるんじゃないでしょうか。朝日新聞社も中高年社員が余って「早期退職」を募集していますが、つぶしのきく優秀な社員から先に辞め、本当に辞めてほしい窓際社員は会社にしがみついています。解雇ルールがないから、だめな社員ばかり抱える結果になるのです。
朝日新聞社は慢性的に赤字で、読者はどんどん減っているので、このままではいずれ会社がつぶれるでしょう。そうなったら山本記者も職を失います。そのとき彼は初めて、企業が利益を上げないと雇用もできない、という資本主義のルールに気づくでしょう。