政治部と社会部はどう違うの?

池田 信夫

マスコミにはいろいろなセクションがありますが、その違いは意外に知られていません。テレビ局には「報道」と「番組制作」という区別があります。「ニュースも番組じゃん」と思っている小学生が多いと思いますが、ちがいます。ニュースは番組ではないのです。では「報道番組」というのは、どっちでしょうか?


これはNHKの場合は報道局でつくられていますが、ニュースではなく番組です。NHKスペシャルなどの「ドキュメンタリー」といわれる番組の半分ぐらいは、報道局でつくられているのです。しかし報道局の中では、報道番組のディレクターというのは少数派で、いちばん人数が多いのは社会部の記者です。

新聞社でも、いちばん多いのは社会部で、記者のほぼ半分を占めます。政治でも経済でもない「その他」の記者が、ほとんど社会部に入っているからです(科学部とか学芸部などの小さい部もあります)。地方の記者も、すべて社会部の指揮下に入ります。政治部は東京にしかいないので、記者全体の1割もいません。

社会部の基本はサツ回りです。サツというのは、警察のことです。これは入社してすぐやらされ、殺人から交通事故に至るまで、世の中の事件・事故をすべて担当します。政治や経済はスケジュールが決まっていますが、事件はいつ起こるかわからないので、社会部は基本的に24時間勤務です。「泊まり」と呼ばれる宿泊勤務も、社会部しかありません。肉体的にはかなりきつい仕事なので、サツ回りでやめる新人も多い。

日本独特なのが、政治部と社会部の分業です。政治家の政治活動は政治部が取材しますが、汚職で逮捕されると社会部の記事になります。これはマスコミ以外の人にはほとんど知られていないと思いますが、マスコミの人でもよくわからない区別です。昔は政治部の取材していた「田中角栄元首相」が、逮捕されたとたんに社会部に「田中角栄」と呼び捨てされたました。自民党に抗議されたので、NHKは「田中角栄容疑者」と呼ぶようになり、他のマスコミも追随しました。

マスコミの中でも社会部はかなり特殊で、今でも左翼っぽい人が多い。事件ばかり追いかけて忙しく、時間をかけて勉強できないので、すぐ白黒をつけたがり、「正義の味方」を気取ります。そのせいか、社会部はあまり出世できません。朝日新聞社の社長は政治部と経済部が交替で就任し、社会部出身者は(短期間を除いて)いません。

NHKでも会長は政治部出身が多く、社会部は労働組合を本拠地としていました。昔は上田哲という社会部出身の労組委員長が国会議員になり、「議席」と呼ばれていたこともあります。毛沢東が中国共産党の主席だった時代なので、社会部の記者は「紅衛兵」と呼ばれていました。

社会部の記者は、いろいろな記者クラブをぐるぐる回り、世の中のあらゆる出来事を数時間で記事にしなければならないので、反射神経は発達しますが、専門知識が身につかない。先週のこども版でも紹介した「解雇特区」などという名前をつけたのも、社会部の記者です。原発についても、経済部の記者はエネルギー問題を考えますが、社会部は「プロメテウスの罠」のように「町田の子供に鼻血が出たのも原発のせいだ」といった非常識な報道をしています。

要するに社会部の記事は、報道ではなくて娯楽なのです。殺人や誘拐は当事者以外には無関係な出来事ですが、珍しいので大きな記事になります。原発事故では1人も死んでいませんが大きな記事になり、タバコで毎年13万人も死んでいますが、記事にはなりません。珍しくないからです。社会全体が、こういう「おもしろいもの」優先になっていくのは恐いことです。よい子はちゃんと勉強して、広い視野からものを見る人になりましょう。