今年の経済政策の大きな課題は、TPPでいかに有利な条件を実現するかだろう。それが「アメリカの陰謀」だとかいう類の議論は相手にする必要もないが、自由化のメリットがコストより大きいかどうかは自明ではない。著者によれば次のような世界経済の政治的トリレンマがあり、このうち2つしか満たすことはできないという。
1.超グローバリゼーション
2.主権国家
3.民主主義
1と2を合わせると、トム・フリードマンのいうようにグローバル化に適応するために各国が競争する「黄金の拘束衣」が起こるが、これは各国の民主的な決定を無視する結果になる。1と3を合わせると各国が協調して国際機関で基準を定める「グローバル・ガバナンス」になるが、これは世界政府のない世界ではうまく行かない。残るのは2と3を両立させて1を犠牲にする「ブレトン・ウッズの妥協」だが、これは現状維持とさほど違わない。
通常はグローバル化か主権国家かという二者択一に民主主義を加えたのが著者のオリジナルだろうが、主権国家と民主主義は排他的ではない。一方なしで他方もないのだから、著者の立場は結局、国益のためにグローバル化を制限せよという話に近い。
著者は市場経済を尊重することが第一の原則だが、各国の国益や民主的な要求にも配慮すべきだという。あれにもこれにも配慮しろという役所の文書のような感じで、何がいいたいのかよくわからない。たしかに労働組合や農業団体が既得権を主張するのも「民主主義」だが、それが国民全体の利益になるかどうかは別問題だ。
単純な自由貿易主義を「資本主義1.0」、ブレトン・ウッズ体制を「資本主義2.0」とし、それを21世紀にふさわしい「資本主義3.0」に変えようという主張も、中身が曖昧だ。具体的な提言としては、国際資本移動の規制は強めるべきで労働移動の規制は弱めるべきだという常識論ぐらいしかない。
著者はグローバリゼーション慎重派だが保護主義者ではなく、どこの国でも自由貿易に反対する政治家を警戒している。彼が批判するのは資本市場まですべて自由化する「超」グローバリゼーションであり、農業については「例外にすべきではない」と指摘している。内容を理解していない訳者が「新自由主義」を指弾してTPP(本書はまったくふれていない)に反対しているのはぶち壊しである。