犠牲者が誇れる民族となろう --- 長谷川 良

アゴラ

東日本大震災が起きて3月11日で3年目を迎えた。子供や親を亡くし、住む家をも失った被災者にとってこの3年間はどうだったろうか。

東日本大震災が発生した2011年3月に書いたコラムを読み直してみた。東日本大震災は全ての日本人に大きな衝撃を与えたことは間違いないが、「たまたま大震災の時に日本を留守していた邦人」、「外国の地で生活している日本人」にも消すことが出来ない精神的な影響を与えたのではないか、というテーマでコラムを書いたことを思い出した。


「先ず、涙もろくなった。これは年をとったこともあるが、サッカーの試合前に日本人の被災者のために黙祷している選出たちの姿や『がんばれ、日本』と書かれたバナーを見ただけで、当方の目頭は熱くなってくる」

そして「人は震災に遭いたいとは思わないし、被災しなかったことは幸いな事だが、災害に遭遇した同胞たちと『民族の運命』を共有できなかったという一種の“引け目”が残るものだ。人は『喜び』を愛する人たちと分け合いたいと思うが、同時に、『苦しみ』も共有したいと願う存在ではないだろうか」と書いた。

3年後の今、東日本大震災で犠牲者となられた数多くの国民は日本民族が今後、発展するために捧げられた尊い供え物だった、と考え出している。

旧約聖書の話だが、アブラハムは最愛の息子イサクを供え物にするように神に命じられる。アブラハムはその命令に従ってイサクを供え物にしようと時、神が止める話だ。

神が願う供え物は尊く清いものでなければならない。それがアブラハムにとって息子イサクだった。

日本航空123便の墜落事故(1985年8月12日)が発生し、520人が犠牲となった時、「亡くなった人々は皆いい人ばかりだったわ」と話していた妻の話を思い出す。それ以来、社会に衝撃を与えた大事故や天災で亡くなった人々を「尊い供え物」と考えるようになった。

歴史は、良き人、善なる人が犠牲となることで発展してきた。その典型的な例がイエスだ。イエスは自身を犠牲にすることでその引き換えに人類の救済の道を開いた。簡単にいえば、歴史は受難を通じて前進してきた。受難は歴史の原動力だった。

同時に、生き残った個人、家庭、国家、民族には責任があるはずだ。受難者に顔を向けられないような個人、家族、国家、民族となってはならない。彼らが「良かった。私たちの犠牲が良き実りをもたらした」と誇れるような個人、家庭、国家、民族にならなけれならない。大震災発生3年目を迎え、そのように感じている。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年3月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。