日本の中の「新興国」 - 『期待バブル崩壊』

池田 信夫
野口 悠紀雄
ダイヤモンド社
★★★★☆



デフレが賃下げの結果であって原因ではないという私の話は「黒田批判」ではなく、マクロ経済学の常識を述べただけだ。それを示すために、本書を紹介しておこう。著者は80年代後半に「これはバブルだ」と事前に警告した数少ない経済学者である。幸か不幸か、今回はほとんどの経済学者がアベノミクス景気は(小さな)バブルだと考えており、今の株価下落は自然な水準調整である。

本書に書かれていることも、きわめて常識的だ。コアCPIが上がった最大の原因は円安による輸入インフレと、最大2.5倍にもなった原油価格の上昇だ。日銀の量的緩和は「空回り」で、銀行貸し出しは増えていない。2012年から始まった円安もユーロ圏の回復が原因だが、日本経済は貿易赤字体質なのに、円安にして輸入額を増やしたために外需がマイナスになった。「デフレ脱却」で景気は悪化するのだ。

他の話も、アゴラで多くの経済学者が論じているのと同じなので繰り返さないが、おもしろいのは賃下げの原因として、要素価格均等化(新興国の賃金水準への鞘寄せ)とともに、製造業からサービス業への労働人口の移動をあげていることだ。次の図のように、製造業の賃金は(労働生産性の上昇で)上がっているのに対して、サービス業、特に医療・福祉の賃金が12年間で12%も下がっている。


これは高齢化で介護などの労働集約的な(労働生産性の低い)仕事が増えたためだ。絶対的水準でみると、医療・福祉労働者の賃金は製造業のほぼ半分である。日本の中で低賃金の「新興国」が拡大しているのだ。この傾向は、今後の高齢化でさらに進む。必要なのは「デフレ脱却」ではなく、サービス業の規制改革を進め、その労働生産性を上げることだ。

竹中平蔵氏のお望みの「対案」は簡単ではないが、間違いなくいえるのは、日本経済の抱える問題は輪転機をぐるぐる回せば解決するほど甘いものではないということだ。それは抵抗勢力と闘った竹中氏が誰よりもご存じのはずだが、その教訓を安倍首相が思い知るまでに1年以上かかった点で「アベノミクス」は有害だった。