「大失敗の日米首脳会談(上):日米の不信を高めた安倍総理」の続きです。
2.抑止力:空文化された「尖閣防衛義務」
結論から言えば、抑止力における、今回の会談の点数は50点とすべきだ。確かに、過去の論説でも述べてきたように、最近では先日のヘーゲル国防長官を除けば、米閣僚から久しく聞いてなかった「尖閣防衛義務」を、しかも大統領に初めて言明させたのは、歴史上に残る快挙と言うべきである。
これによって、今後の大統領はこの問題に何らかの言及をしなければならないし、日本側も「オバマ大統領でさえ」と迫ることが出来るからである。
しかし、である。共同記者会見のオバマ大統領の発言を注意深く読めば、彼がこの公約を上手く空文化し、中国に相当配慮していることがわかる。
第一に、尖閣を巡る紛争で「レッドライン(武力行使の基準)はない」としたことだ。オバマ大統領は、レッドラインなぞなく、ただ条約を適用するのみとした。これでは、条約を適用して部隊展開等はするが、武力行使はしないと言っているに等しい。実際、ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー東京特派員の高橋氏が指摘するように、ワシントンタイムズやボイス・オブ・アメリカ等の主要メディアは、「米国は尖閣問題では中国にはレッドラインを引いていない」とのオバマ大統領の発言を見出しにとって大きく報じている。
第二は、特に重要なのだが、日本への武力攻撃に対して、必ず武力攻撃するわけではないと言っていることである。オバマ大統領が「規範に反した国が出てくるたびに、アメリカは戦争しなければならない、武力を行使しなければならないというわけではない」と言っているのが、まさにそれである。しかも、オバマ大統領は、シリア問題が米国が武力攻撃せずに国際規範を守らせるのに成功したケースと言っているのである。これでは、シリアのように尖閣有事で日本を見捨てて、米中で手打ちをすることもあり得ると解釈されても仕方がない。
第三は、安倍首相への駄目だしである。オバマ大統領は、「同時に安倍首相との議論で強調したのは、日中間の対話と信頼醸成措置ではなくこの問題のエスカレートを放置するのは重大な誤りだということだ」と発言した。現状で、対話と信頼醸成措置をやっていないのは安倍総理も同じであって、日本側に自重と主権問題でごねずに中国と話しあうように暗に、しかし強く要求したことがわかる。先述の高橋氏も筆者と同様の見解を示しており、強く同意する点である。
第四は、強烈な対中配慮である。オバマ大統領は、記者会見のかなりの時間を使って、米中首脳会談かと間違えるまでに、中国に言及している。オバマ大統領の発言は次のように纏める事が出来る。「米中は緊密な関係にあり、中国は地域のみならず世界にとって非常に重要な大国で、その平和的な台頭を歓迎する。今後も国際秩序の形成で中国にも協力し成功してほしいし、中国も国際的な規範などを順守してほしい」と。これは勿論、法の順守を呼び掛けているが、注目すべきは平和的台頭を歓迎し、米中で国際秩序を形成しようと「新しい大国関係」を受け入れるような発言を行っていることである。
このように、これらのことを踏まえれば、とても「尖閣防衛」を明言したと喜んでいる場合ではない。そもそも、日米安保条約における対日防衛義務は、「武力攻撃」が発動要件であって、まさに今ガイドライン改訂の議論の的になっているように、限定的な紛争では米国に逃げられてしまうので意味がない。故に、50点と評価すべきなのだ。
3.結論:瓶の底でトラスト・ユーと叫ぶ安倍首相
以上のように、今回の日米首脳会談は、安全保障の中核的課題である、首脳の信頼関係では野田総理に劣り、尖閣諸島の防衛では問題外の結果となった。勿論、共同文書で東南アジアにおける日米協力が具体的に書きこまれるなどの評価すべき点もある。それは称賛されるべきだ。が、両首脳の信頼関係がなく、オバマ大統領が尖閣問題をシリアでも武力攻撃せずに問題解決出来たなどと語っては意味がない。それ故に総合的には40点と評価すべきなのである。
実際、安倍首相は首脳会談の共同記者会見で、「オバマ大統領を信頼している」と縋るように繰り返し述べた。これこそ、不安にかられた証拠ではないだろうか。本当に信頼しているならば、こういうことは言わないものだ。安全保障を専門とする慶応義塾大学の神保謙准教授は、このことをもってして「トラスト・ユー」と評したが、まさに的を得た表現だろう。
また、日米関係が専門の拓殖大学の川上高司教授は、日経ビジネスのインタビューで
米国の政府関係者や研究者たちには、安倍政権は「右傾化している」「日米同盟の枠を超えて対中国で独自の行動を起こすかもしれない」との懸念が広がっています。(中略)(そこで、オバマ大統領は)安倍首相が行き過ぎた行動を取って、日中関係がさらに悪化し、それに米国が巻き込まれることがないよう、日米同盟という「瓶のふた」を閉め直す必要があると考えたわけです。
と喝破しているが、まさしくその通りだろう。実際、今回の日米首脳会談では、これまで日本側が目指していたとされ、日本の自律性を象徴する、敵地攻撃能力の強化などは一切触れられていないし、安倍首相が強く主張していた中国によるADIZの「撤回」もどこかへ消えてしまった。
結局、今回の日米首脳会談は、瓶の底に閉じ込められた安倍首相が「トラストミー」ならぬ、「トラストユー」と叫ぶ、無残な結果に終わったと評価できよう。野田総理にさえ出来たことが出来ない、鳩山総理と同じような日米関係しか作れない、中国や韓国にとっては喜ぶべき首相のままで果たして良いのだろうか。
いみじくも岸総理は、東京オリンピック招致を花道に、その実現を見ることなく勇退した。安倍総理もその祖父のひそみに一刻も早く習い、別の自民党議員に職を譲るべきだ。
站谷幸一(2014年5月11日)
twitter再開してみました(@sekigahara1958)