前回の拙稿【年金の財政検証の検証1】年金は「100年安心」と胸を張れるかに引き続き、厚生労働省が公表した「年金の財政検証」結果の検証を続けたい。
厚生労働省「将来の厚生年金・国民年金の財政見通し」として公表された検証結果を、現時点で公表されているデータをもとに検証してみると、次の3点が少なくとも主要な論点となろう。
- マクロ経済スライドのフル発動
- 厚生年金の更なる適用拡大
- 高齢期の就労と年金受給のあり方
現行の年金制度をどこまで信じるかを問わず、上記3点は、今後の我が国の公的年金を考える上で少なくとも避けては通れない論点と言えよう。以下では、これらをつぶさに検証したい。
検証結果を踏まえた改革の必要性
今回の「年金の財政検証」を見れば、さらなる改革が不要だという結論にはならないはずである。
内閣府「中長期の経済財政に関する試算」(略して中長期試算)の「経済再生ケース」に接続するケース(ケースA~E)で、「100年安心」という結果が出たものの、薄氷を踏むような結果である(「100年安心」の厳密な意味は、拙稿【年金の財政検証の検証1】年金は「100年安心」と胸を張れるかにて詳述)。つまり、女性の活用や高齢者就労を積極的に促進し、技術進歩を大いに促す(全要素生産性(TFP)上昇率を高める)ことをしなければ、この結果が支持されないからである。少なくとも、これだけみても、労働市場改革は、年金財政のためにも不可欠と言える。
さらに、今回の検証結果を踏まえて、経済成長率がこの想定より低かったとしても、公的年金で老後の所得保障がある程度できるように担保しないといけない。
しかし、今回の検証結果では、低い経済成長率を想定したケースでは、保険料負担に合わせて給付を調整すれば、年金財政は維持できるが所得代替率が50%を割ることになるか、所得代替率を50%に維持すれば国民年金の積立金が払底するかのどちらかという結果が示された。これを知って、現行制度に何も修正を加えないでよいとは言えまい。
もちろん、現行制度は賦課方式の色彩の強いものだから、積立方式の要素を取り入れる改革が1つの知恵ではあるが、そこに行く前にでも(言うまでもなく現行制度を前提としても)すべき年金改革は残されている。それが、前掲の3つの論点である。
実は、これら3つの論点は、今回の財政検証の「本体試算」ではなく、「オプション試算」で行われている。「本体試算」は、現行制度を何も変えなかったらどうなるかを試算しているのだから、当たり前と言えばそうである。要するに、オプション試算とされているものの内容が、「オプション」とはいえ細部に神が宿るともいえそうだ。
マクロ経済スライドのフル発動
現行のマクロ経済スライドは、物価・賃金の伸びが低い場合はマクロ経済スライドによる給付調整を行わない(フル発動しない)仕組みとなっている。そのため、2018年度以降保険料(率)を上げないこととしている現行制度を踏まえると、マクロ経済スライドによる調整が行われないと、年配の世代の給付は温存されるとともに、調整する期間が延びることで後生の世代の給付が抑制される効果が出る。
そこで、今回の「年金の財政検証」の「オプション試算」によると、物価・賃金の伸びが低い場合でもマクロ経済スライドをフル発動(名目下限ルールを廃止)して給付調整を行えば、フル発動しないと所得代替率が50%を割るケース(ケースG)では、所得代替率が現行制度より5%も改善するとの結果が得られている(他のケースでも所得代替率は改善)。
これを踏まえれば、後生の世代のことを考え世代間格差の是正のためには、マクロ経済スライドのフル発動に向けた法改正が不可欠だといえよう。
厚生年金の更なる適用拡大
前掲のオプション試算では、厚生年金を適用対象をさらに拡大した場合の結果も示されている。社会保障・税一体改革でも適用拡大は一部行われたが、未決着のものもある。その1つが、週20時間以上の短時間労働者への厚生年金の適用拡大である。これにより、約220万人が、現行制度では国民年金しかないが、適用拡大により報酬比例部分の厚生年金も(保険料を負担してもらった上で)給付が受けられる。
ただ、これによる所得代替率の改善効果はあるものの小さい。むしろこの取組みは、女性の就労促進(「130万円の壁」の解決)や非正規雇用者の処遇改善を通じて、国民年金しか入れない第1号被保険者数と、いわゆる「専業主婦」で保険料を払わず給付が受けられる第3号被保険者数とを、ともに減らす効果の方が大きい、と見た方がよいようである。
公的年金の第3号被保険者問題は、制度自体をなくす方向での解決は政治的に難しい。むしろ、女性の就労促進と厚生年金の適用拡大を通じて、第3号被保険者数自体を減らすことで、実態的に問題を小さくしてゆくことが現実的ともいえよう。
高齢期の就労と年金受給のあり方
これこそが、今回の「年金の財政検証」で最大にして最難関の課題と言える。欧州諸国を中心に、平均寿命が延びることに連動して(必ずしも定年延長とは連動しなくても)受給開始年齢を引き上げるべきとの考え方がある。しかし、わが国では、「定年=年金受給開始」という認識が強烈で、定年延長なくして受給開始年齢の引上げなし、という主張が多い。
ちなみに、今回の「年金の財政検証」で、我々の平均寿命は、2060年までに男女とも今より5歳前後延びると想定されている。
ただでさえ、受給開始年齢引上げを、政府が持ち出すと、とかく年金財政が苦しくそれを取り繕うために提起したのではないか、とみられてしまう。
今回「年金の財政検証」では、厚生労働省は「保険料拠出期間と受給開始年齢の選択制」というかなり慎重な前提で、受給開始年齢のオプション試算を示した(私としては一定の評価はするが、まだ若干不満が残る)。「保険料拠出期間と受給開始年齢の選択制」という提起の仕方からして、全員一律に受給開始年齢を引き上げるわけではないこと、選択しない人は従来通りの受給開始年齢となるが、選択した人には保険料の納付年数が伸びた分に合わせて基礎年金が増額されること、が大前提となっている。
まず、結論から言うと、この「オプション試算」は、年金財政全体には何の影響もない形でしか計算できていない。しかし、一個人で見ると、高齢期に就労できて60歳を過ぎても保険料を納めた分、受給開始以降にもらえる給付額は増額されることで、どれだけ給付が増えるかがわかる試算結果となっている。
この結果を見ると、現行制度で60歳になるまで保険料を払い65歳から受給しているところを、65歳になるまで(働いて)保険料を払い続けて65歳から受給すると、所得代替率は現行制度より6%強改善するという。これは大きな改善である。一個人として自ら選択して、払った分は給付が増額されるのだから、このこと自体を政府が提起してもハレーションは少ないだろう。
さらに、前掲のように低い経済成長率を想定して所得代替率が50%を割るとしたケースでも、66歳になるまで保険料を払い続けて66歳から受給すると、所得代替率は50%を超えるところまで改善する。保険料拠出期間と受給開始年齢を変える効果はかなり大きいといえる。
ここで効果が大きいと言っているのは、国民をそっちのけで年金財政を安泰にする観点からではない。個々の国民の人生設計の観点からの効果である。
このオプション試算は、一個人の選択による効果でしかない。これを、単なる一個人の選択という話で終わらせて、公的年金の制度設計に議論が及ばなければ、政府がしなくとも民間の年金の相談員でもできる話になってしまう。
例えば、60歳代前半の雇用が想定よりも促進できないことにより、保険料拠出期間を延ばすと同時に受給権は得るものの保険料の免除申請を行うという選択を行って保険料免除者が増えてしまっては、基礎年金の国庫負担分の拠出が増えて国民の税負担を増やす結果に堕するから、財政全体に悪影響を及ぼしかねない点には十分注意すべきである。
このように、今回の財政検証の結果を踏まえた年金制度改革の議論にどうつなげるかがカギとなる。次の拙稿では、今回の財政検証で未解明の課題について検証する。
土居丈朗(@takero_doi)