ロンドンの不動産高騰に見る富裕層が集まる条件

江本 真弓

低迷する欧州及びイギリス全土に比べて突出したロンドン中心部の不動産高騰が止まらない。リーマンショック後も一端落ち込んだものの、直ぐに持ち直して今や2008年ピーク時よりも25%上昇している。

今年2月に約43㎡(13坪)の中古1ベットルームが100万ポンド(約1億7千万円)で売り出されて話題になった。5月には世界一の高級マンションで知られるOne Hide Parkのペントハウス1室が、1億4千万ポンド(約240億円)で売れたという。東京都心よりゼロが1つ多い文字通りの桁違いだ。


何故ロンドン中心部の不動産は高騰続けているのか。

イギリスではMortgageがLTV(Loan To Value)95%出る。日本の70%目安よりはるかに不動産が買いやすいが、これだけ高騰すると一般市民はロンドン中心部は住めない。

現在のロンドン中心部の主要な買主は、何かと落ち着かない世界各国の富裕層だ。彼らが資金及び身柄の避難先としてロンドンを選び、金に糸目をつけずロンドンの不動産を所望するから高騰が続く。

英国連邦を擁するイギリスは移民も多いが、彼らは移民ではない。外国人としての不動産購入が、リーマンショック以降特に顕著なのだ。

なにしろリーマンショック後、まずサブプライム問題で国が傾いたイタリアギリシャの富裕層が、こぞってロンドンに避難。
中東の富豪はもともとロンドンが好きだが、アラブの春で騒がしくなった中東及び北アフリカ富裕層がこぞってロンドンに避難。
英国連邦のインド、香港、シンガポール等英連邦の富裕層は、もとよりロンドンを好む。
最近では政治的混乱や金融市場が動揺しているブラジル・アルゼンチン・トルコの富裕層がロンドンに避難。
ロシアや東欧の富裕層も元々ロンドンを好むが、ウクライナの政情不安で今後も更なるウクライナとロシアの富裕層のロンドン避難が続く予定だ。

世界の社会経済に動乱がある度に、富裕層がロンドンに避難する図式だが、ではなぜロンドンが選ばれるのだろうか。

欧州大陸とアメリカの間という地勢条件、外国人でも1物件は自宅目的と認められて売却時にもキャピタルゲイン税が免除される税制(2015年からは非在住者には認められなくなる予定だが)、その他投資理論が挙げられるが、それだけではない。英語国の優位性もあるが、世界の富豪達は英語国でもアメリカではなくロンドンを意図的に選ぶ。

そもそも仮想敵とされた元共産圏国や現仮想敵とされているアラブ諸国の人達は、当然アメリカを避ける。アメリカは敵を作りすぎだ。そして私がロンドンで出会う世界各国人達は、口をそろえて言う。「ニューヨークよりロンドンの方が良い」。なぜならば「アメリカはアメリカ人の価値観だけしかない。ロンドンには価値観の異なる外国人の居場所がある。だからロンドンの方が居心地が良い」のだと。

アメリカの多人種国家だが、アメリカ文化一色しかない。イギリスでは純イギリス人以外は外見で明らかだが、イギリス人は他人に干渉をしない。適度に暗く憂鬱だ。そして礼儀正しい。一見冷淡に見えるが、他者の宗教及び民族習慣の違いに干渉しないから、外国人でも自分の文化空間を守りながら、他者と礼儀正しく関われる余地がある。
イギリスでは、誰でも明るくHelloとは言わないが、街中で頻繁に、Excuse Me(失礼) After You(お先にどうぞ) Thank you(特に男性がドアを開けて支えてくれるため)の声が交わす。ロンドン中心部は今や外国人が多勢、欧州各国、アラブ、アジア、アフリカ、南米その他訛り英語が混在しているが、そこに多様性が認められている居心地の良さがある。

またもう1つの理由が、イギリスの貴族文化だ。なにしろえげつない金持ちでありながら、教養と文化ある貴族として尊敬を得ているイギリス貴族は、世界中の富裕層の理想だ。ロンドンのウエストエンドは、街並みが良く今は綺麗で清潔で安全だ。これもロンドン中心部の魅力の1つだが、安全は監視カメラだらけの超監視社会によるとして、街並みが良い理由は、ロンドンのウエストエンドの多くの土地はイギリスの大貴族が所有し、一体開発をしていることによる。
イギリスの貴族がそれだけの莫大な不動産を維持して儲け続ける理由は、定期借家制度と信託制度の発明にあると言われている。税は高いが、資産家が不動産資産資産を維持して稼ぎ続ける制度も整っているのだ。それでも一般層に不公平感を抱かせず、貧富の多様性も認めさせる要領の良さが際立っている。

もちろんイギリスも人種差別や極右ナショナリズムの問題も多いが、貴族を頂点とする教養層の基盤が堅く、大きく間違った方向へぶれない安定感がある。

つまるところロンドン中心部の不動産高騰が止まらない理由は、ロンドンが世界の富裕層を惹きつけているからだが、ロンドンが世界の富裕層を惹きつけている理由は、イギリスの敵をつくらない国際政治の要領の良さ、価値観の多様性を実現させた懐の深さ、富豪層を惹きつける文化というソフト要因が大きい。机上の経済及び投資理論と不動産ビジネスだけではない。

海外富裕層の誘致によるロンドンの不動産高騰は、アベノミクスの「アジアヘッドクォーター特区構想」の理想に見える。ただこれは簡単に見えて難しい。条件が近いフランス等の欧州諸国でさえほぼ失敗している。ロンドンの成功と欧州の失敗を研究し尽くさなければ、日本もまず難しいだろう。
人が居住地を選ぶ動機は、政治経済及び投資理論、不動産ビジネスの理屈だけではなく、最後は人の気持ちの選好性なのだから。

江本不動産運用アドバイザリー
代表 江本真弓