政治は感情で動く - 『社会はなぜ左と右にわかれるのか』

池田 信夫
ジョナサン・ハイト
紀伊國屋書店
★★★☆☆



カント以来の近代哲学では事実判断と価値判断をわけて考えるが、これは最近の脳科学や心理学が明らかにしたように間違いである。ヒュームが指摘したように、理性は感情の奴隷であり、人は感情にもとづいて行動し、それを理性で正当化するのだ。

だから大衆を煽動するには、遺伝的にそなわった応報感情を刺激することが効果的だ。原発事故を起こした東電は文句なしの悪役だから、小倉秀夫弁護士のように、論理やデータで追い詰められると「おまえらは東電様を守る悪者の味方だ」と反撃する。反原発派は、理性ではなく感情に訴えるのだ。

このような感情と理性の関係を、本書は象とそれに乗る人にたとえる。脳の情報処理の90%以上は進化の初期に発達した<象>の部分で行なわれており、反応も速い。<乗り手>の部分は処理が遅くコストがかかり、教育しないと発達しない。政治的な議論が、政策の中身より「右か左か」というイデオロギー論争になるのも、人々を動かすのが理性ではなく感情だからである。

ただ、この比重は人によって違う。偏差値の高い人は左脳による抽象的な情報処理が発達しているので感情による衝動を理性でチェックするが、大部分の人はチェックしないで感情で行動するので、政治家はこうした大衆の感情に迎合する。リベラル派は「弱い人を助ける」という(もとは遺伝的な)集団感情に訴えるが、保守派は変化をきらう現状維持の感情に訴える。

本書は進化心理学のおさらいで、中身は集団淘汰の解説だ。若いころ著者はリベラルだったが、こうした研究の中でヒュームやスミスの古典的自由主義(リバタリアニズム)に目ざめたという。福島みずほから飯田哲也に至るまでリベラル派は集団感情を刺激するが、それは自分の感情を満足させるコストを政府に負わせるフリーライダーなのだ。

著者はそういう感情的な二極化を防ぐ合理的な政策論争を提案しているが、それはむずかしい。政党はもともと政策集団ではなく、仲間の集まるpartyだからである。彼らを政治的な闘いに駆り立てるのは理論ではなく、象のようにコントロールしにくい感情なのだ。