アゴラに先般「日本人男性が変わらない限り、日本の少子化は決して止まらない」と題する記事が掲載された。内容はともかく、筆者はその意見には同意できない。むしろ日本の低出生率改善の鍵を握っているのは女性であり、「日本人女性が変わらない限り、日本の少子化(注1)は決して止まらない」と考えている。そこで、ここではあえて「男性目線」で日本の低出生率問題を考えてみたい。ただし、人口減少を肯定するか否かという論点は、出生率向上の方策を検討することとは別問題と考え、ひとまず考察から除外する。
1. ふまえておかねばならないこと
低出生率を考える場合、女性の出産にはタイムリミットが厳然としてあることをあらためて確認しておきたい。いくつになっても女性が子どもを産めるわけではないことは、感情を度外視した生物学的な事実であり、争うべき性質のものではない(なお、当然男子にも加齢による生殖能力の低下は見られる。年を取ると子どもができにくくなるが、精子の老化には個体差が大きく、一義的にその期間を設定しにくいことが女性とことなる)。
図1(注2)を見ればわかるように、卵胞数が37歳で釘折れするように激減している。その前兆として、二〇代後半から妊孕性〔妊娠しやすさ〕が低下する。たしかに26歳前後を境にして妊娠率が滑り落ちるように下降しているのがわかる。(注3)
以上をふまえれば、妊娠率が低下する出産高齢化、いわゆる「晩産化」をいかに食い止めるかが、低出生率を改善するための絶対条件といえる。なお、この事実は女性の常識としておかねばなるまい。妊娠適齢期を過ぎてから知ったのでは遅いのである。
次に、結婚しても子どもを生まない結果としての晩産化なのか、それとも晩婚化が晩産化を誘発しているのかを見ていく。結婚期間別にみた出生構成割合、つまり結婚から第一子出産までの期間は、グラフの二つの山を見ればわかるように、6か月~10か月がピークを見せてもっとも大きくなっている(下図9参照、注4)。だが、これには注意が必要だ。
たしかに、結婚をすればおおむね6~10か月の間に妊娠・出産しているといえなくない。ではなぜ、出生構成割合グラフのうち第二の山の高さが、平成に入っていちじるしく落ち込んでいるのだろうか。これは、結婚から出産にいたらない数が平均値を押し下げていることを意味していよう。加齢で妊孕性が低下し、妊娠率が下がる要素とあわせて考えれば、晩婚によって出生構成割合はかぎりなくグラフの右側に引っ張られるから出生数が低下する。要するに、合計特殊出生率(女性1人当たりの子どもの数の平均値)が上がらない(注5)のは、出産開始年齢をあげる「晩婚化」と「晩産化」のためだといえよう。逆にいえば、合計特殊出生率を上昇基調に転換させるために、出産開始年齢を引き下げる社会全体の合意は必須である。
ありていにいえば、未婚男女に向かってする「早く結婚しなさい」「早く子どもを作りなさい」がよしんば”余計なおせっかい”であったとしても、それ自体をタブーにしてはいけない。むしろ、科学的知見は知らずとも、自然のうちに理にかなった”忠告”だったということだ。「結婚を先延ばしにすると、子どもを授かりにくくなる」という事実に基づいた発言を、社会も受け止める側(特に女性)も鷹揚に受け止めることが肝要である。
2. ライフイベントに結婚・妊娠・出産・多産を
晩婚化と晩産化をもたらしているものは何であろうか、と問題提起したときに、ただやみくもに原因を想定して対処していく方法は得策とは思えない。なぜならば、考えられる要素が複雑で、効果が散漫になるからだ。そこで、少し視点を変えてみたい。まず出産開始年齢の目標を暫定し、目標期に至るまでのライフスタイルをさかのぼってみるのである。ここでは、出産開始を28歳に設定しとしてみる。
結婚から初産までの期間としておおむね1年から2年程度を見込む。逆算すれば26~27歳までには結婚していなければならないことになる。そこで、26~27歳に至るまでのライフイベントを考えてみる。中学卒業(15歳)、高校卒業(18歳)、短大卒業(20歳)、大学卒業(22歳)、就職(15、18、20、22歳)といったところだろうか。すると、大卒を前提とした場合には、26~27歳の結婚適齢期までにいたる5年前後のうちに、キャリアなり資格取得で”武装”しておく必要がある。だが、冷静に考えてそんなことが可能だろうか。結婚・妊娠・出産のあと再び第一線に戻っていくためのキャリアを27歳までに形成していくことがいかに困難か。その困難さは晩婚化・晩産化という事実そのものが証明しているのではないだろうか。もし、「女性の社会進出」が「男性なみに女性が働く」意味を暗に含んでいるとすれば、これほど低出生率改善とかけ離れたものはない。
また、もし「女性の社会進出」が女性の優遇を当然としているとすれば、それは結局、男性の労働強化〔女性の分まで働く〕や競争力の下方化〔男性の仕事を女性並みにする、男女夫婦が同条件の優遇を受ける〕、”女性の特権”の剥奪〔女性ができる仕事を男性もする、女性の仕事を男性が奪う〕になる。生産性向上〔労働の対費用効果の向上〕が容易でない以上、当然そうなる。「女性の社会進出」は、効果不明な公費投入を生むだけであり得策ではない。
そこで、男性と伍した形ではなく、女性の特性を織り込んだかたちで女性の仕事を考えたらどうか。結婚・出産を経験しながら、フレキシブルに拘束時間をコントロールできる就業形態を前提としたロードマップを用意する。こうした視点から、あらためて見てみれば、26~27歳に至るまでのライフイベントの過半は学習・教育期である事実に目がいく。この時期を活かさない手はない。つまり、中学校から短大にいたるまでの期間に、女性が「結婚-出産-育児-仕事」が一体化した教育をすることだ。
これは近未来の低出生率対策であるとともに、現役の子育て女性についてもあてはめられる。現在、人手不足と言われている分野に関連する職業訓練や資格付与を、働かざるをえない子育て女性優先で行なえばよい。また、前者にあきたらない人はくわえてさらにキャリアを積む。女性は潜在能力が高いから不可能ではないだろう。教育機関に身につけるスキルの具体的内容については、筆者がここで書かずとも、子育てしながら働いている現役ママから聞き取ってみればよい。きっと有益な情報が得られるだろう。専業主婦志望の女性が、諸事情で働かざるを得なくなったときの”セーフティー・ネット”としての活用も期待される。
日本において出産に占める非嫡出子〔婚外子〕の割合が極端に少ないことでわかるように、結婚や出産、家族形成に対して責任ある立場をとりたいと考えている男女が多い。これは、誇るべきことだといってよい。結婚生活に対して保守的な男性(注6)は特に、パートナーや扶養家族への責任感を先取りして結婚を躊躇している面がある。結婚に踏み切れないのは、不安定な経済状況でいつ家族を養えなくなるかわからないという不安要素が大きい。むろんメンツや体面、世間体などがあることも否定しない。しかし、男性特有のそうしたプライドを許容し受け入れ、相手男性に「年収○○万円以上を求む」などといった打算的な安定を口にしない自立した女性を、男性は求めているものだ。女性がもし「乏しき」(注7)をものともせず、これを許容し、軽減し、支えることを可能にするスキルと意識を持っていれば、未婚の男女にはより希望ある結婚生活が待っているにちがいない。男性を萎縮させない、礼節と羞恥ある「真の自立」をはたした女性こそ、日本女性の特性であることを知るべきであろう。
「初産時の平均年齢ランキング」(注8)によると、理想の子どもの数が三人以上と思う人の割合が、日本は62.2%と、きわめて高いことである。これは、イスラエル(82.5%)、フィリピン(80.1%)、アイルランド(67.7%)に次いで高い。日本人は、子どもを欲していないわけでは決してないのである。さらに、前出のイスラエル、アイルランドの合計特殊出生率はそれぞれ2.70人、2.84人となっている。先進国が2.0を超える合計特殊出生率を目標にすること自体は、決して非現実的な話ではないということだ。それには、経済的に安定していない若い男女が結婚するための後押しを厭ってはならない。
3. 出産、母親による子育てを第一に考える
それにしても、世の女性たちは出産・子育て以上の大事業がこの世に存在すると思っているのかということだ。男女間には「性差」に基づく役割の違いがある。その最たるものが妊娠・出産・育児にほかならない。古今東西いずれを問わず、女性の崇高な役目は、子を孕み、産み、育て、家を守り、次代に希望をつなぐことであった。これこそが、誰にも代替の効かない母なる女性の一大事業でありつづけてきた。女性における妊娠・出産、母親による〔特に三歳までの〕子育ては神聖不可侵であり「女性の特権」であり喜びであるからこそ、夫を敬い、足りなきを補いながら、耐え難きを耐え、忍び難きをしのび、家族を守ってきたのである。実際にも「妻が伝統的な考え方を持つ夫婦では理想・予定・出生子ども数が多い」(注6)もし、日本の伝統的家族観をもって「偏見」だというのであれば、喜んでその批判を受け容れよう。なぜならば、この「偏見」こそ人類史や脳科学、小児科学、心理学によって証明され、歴史の重みに支えられた「正しい偏見」だからだ。與謝野晶子が身をもって示したような、「私の視野と能力との及ぶ限りにおいて、愛し、修養し、労作して、家族に、社会に、自己貢献することである。これがために私は乏しきままに私自身の力を頼む」(注7)聡明で伝統的な女性に回帰してもらいたい。
出生率の低下は、家族生活の安定をもたらさない。反対に、出産を先送りすることで女性がより生きにくい社会を現出させる。社会不安をかかえた人口収縮社会とは、もはや国家の体をなさなくなる。高齢化〔出生率の低い女性の割合が高い〕が避けられない以上、出生率の高い女性の割合を高める「出産開始年齢の引き下げ」と「生涯に生む子どもの数の増加」は喫緊の課題である。打つべき手立てを誤ってはならない。ただし、あくまでも自然の摂理や人間の生理的本能にかなったものでなければならないのはいうまでもない。リスクの少ない妊娠・出産をむずかしくする限界点があるという摂理に襟を正さねばならない。「キャリア形成」に執心し、出産を先延ばしにした女性や家族に待ちうけているものが、身体的・精神的に苦しい不妊治療、高齢出産にともなう生死のリスク、生まれてくる子どもへの不安、女性特有の疾病なのでは、あまりにも不幸ではないか。
すべてのカギは女性が握っている(注9)。女性が正しく目覚めることが、低生率改善の力強い第一歩となる。(つづく)
注
1. タイトルにある「少子化」は、過去記事の表題からの本歌取りであり、本論では一貫して「低出生率〔または低出生化〕」を使用する。
2. 日本産科婦人学会誌52巻9号、p.280。なお、図番号は引用によるもので、本論とは無関係(以下同じ)。
3. 「体外受精の年齢別妊娠率(2010年度)」。
4. 厚生労働省:平成22年度 「出生に関する統計」の概況より。
5. 「コーホート出生率の発動時期の遅れが期間合計特殊出生率の減少をひきおこす」。
6. 現に「生まれ変わったら、次も今のパートナーを選ぶ」と答える男性の割合は、女性より圧倒的に多くなる傾向がある。また、夫婦が伝統的な考え方をもつか否かは、理想し・予定し・出生してくる子どもの数に直結している。『
7. 『定本與謝野晶子全集』第19巻、講談社、p.325。
8. 「初産時の平均年齢ランキング」、明治大学国際日本学部鈴木研究室作成、2013年8月10日更新データによる。サンプル利用においてこのランキングは厳密さに欠けるとはいえ、大まかな傾向を知るうえではそれなりに有益だろう。
9. ただし、伝統的な家族観の改変は周到な計画の結果もたらされたものだから、女性が意識変革をすれば事足りるわけではない。詳細は次回以降に譲る。
長岡 享
研究者
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