専制政治のDNAは生きている - 『スターリン』

池田 信夫
横手 慎二
中央公論新社
★★★★☆



ウクライナをめぐって不気味な事件が続いているのをみると、どの民族にもDNAみたいなものがあるんだなと思う。ロシアのDNAは、中国と同じ東洋的専制の伝統だ。スターリンは、その意味でロシア的な「皇帝」だった。

かつての「レーニンやトロツキーの正しい革命をスターリンが横領した」という評価は、ソ連崩壊後に発見された文書によって全面的に否定された。レーニンは秘密文書で「赤色テロ」やクラーク(富農)の虐殺を指示し、スターリンは初期には穏健派だった。彼がトロツキーを不正な手段で追い落としたというのも神話で、資金も人事も掌握していたスターリンに対する党内の支持は圧倒的だった。

農業集団化で数百万人の餓死者を出し、「大粛清」で700万人ともいわれる人々を殺したことは歴史的事実だが、彼個人がそんな数の犠牲者を決められるはずがない。大部分は――文化大革命と同じように――政治的スローガンを利用して個人的な怨恨で殺されたものと思われる。問題がスターリン個人だったら、むしろ罪は軽い。恐ろしいのは、隣人を密告して死に追いやる人々が何百万人もいたことだ。その一部は今も、罪を問われることなく生きている。

ロシア人は、今でもスターリンを敬愛している。世論調査では、歴史上の人物として第3位の人気だという。彼は第2次大戦の指導者として祖国を救った英雄なのだ。実際にはヒトラーの「電撃戦」を予想できず、軍民あわせて2700万人もの犠牲者を出したが、最終的にはモスクワを守った。連合軍の支援があったとはいえ、彼が独裁者でなかったら、ソ連は降伏してドイツの領土になった可能性もある。

経済的にも、1930年代にはアメリカに次いで世界第2位の大国になった。これは途上国の「開発独裁」の成功例としてよくあげられる。計画経済が非効率なシステムといわれるようになったのは1960年代で、それまではソ連のGDPが21世紀にはアメリカを抜くと予想されていたのだ。

よくも悪くも、独裁は効率的だ。特に戦争には適している。そしてロシア人は200年以上にわたる帝政のDNAをもっている。中韓と同じように、彼らと相互理解できるという幻想を捨てることが、現実的な外交の第一歩だろう。