日本食品店のおばさんの「正論」 --- 長谷川 良

アゴラ

「ヨーロッパのほうが日本より放射能に汚染されているのにね」
ウィーン市のナッシュマルクトの近くにある日本食品店のおばさんが少し不満顔でいった。

福島第1原発事故以来、日本から仕入れてきた商品はまず、日本で厳重に放射能検査を受け、OKが出た場合、先ずはハンブルクまで輸送される。そこでも当局によって検査される。次は、その製品を購入しているフランスの日本会社に送られるが、ここでも「検査」される。そして当方の口に味噌汁が入るまでもう一度、オーストリアの検査を通過しなければならない、といった具合だ。


東日本大震災、それに伴う福島第1原発事故後、欧州に住む少数民族ともいうべき日本人は日ごろお世話になっている日本食品が手に入らないのではないか、といった恐怖感に悩まされてきた。トイレット・ペーパーの買い占めではないが、日本製ラーメン、カレー粉、大福まで大量に買い込む商社の奥さんの姿が見られたものだ。

幸い、事故直後のパニックが過ぎると、理性が戻ってきた。ウィーンでもこれまで通り、日本製食材が手に入ることが分かったからだ。日本食品店によれば、事故直後、日本から欧州に入ってきた商品の検査に3カ月以上かかったが、ここにきて検査期間は短縮され、欧州の日本人に早く届くようになった。

検査の結果、福島第1原発の事故による日本製食品の放射能汚染はこれまでのところ確認されていない。日本の食品を食べて疾患したという話は聞かない。それでも事故当時からしばらく日本食品や寿司の売り上げが伸び悩んだのは否めない。(日本レストラン関係者の話)

風評による被害への補償はない。だからというわけではないが、日本食品店のおばさんのように、「ヨーロッパのほうが汚染されているのにね」と不満の一つでも言いたくなるわけだ。

ところで、おばさんの不満は決して根拠がないわけではない。福島第1原発事故直後、オーストリアのザルツブルク市内の土壌からプルトニウムが検出されたというニュースが流れたことがある。検出されたプルトニウムと福島第1原発が放出した放射性物質とは全く関係がないが、現地のメディアは「それみたことか」といった具合に両者を関連つけて報道していたほどだ。

ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)関係者から聞いた話だが、福島周辺だけではなく、世界各地の土壌や水源は冷戦時代の核実験の影響を今も受けているというのだ。米国が1945年、広島に人類初の原爆を降下させから1998年まで、世界で2053回の核実験が行われた。国別にみると、米国が1032回、旧ソ連715回、フランス210回、英国45回、中国45回、インド4回、パキスタン2回だ。その後、北朝鮮が3回実施している(南アフリカとイスラエル両国の核実験が報告されているが、未確認)。大気圏核実験で放出されたプルトニウムは数千キロにもなるという。プルトニウムの半減期は2万年以上とすれば、核実験で放出された放射性物質は世界全土に散らばり、土壌や水源を今も汚染しているわけだ。

福島原発から放出された放射性物質の測量値の上下に一喜一憂するのもわかるが、冷戦時代で行われた数千回の核実験の影響(土壌汚染、水源汚染など)を冷静に検証する必要があるわけだ。

「ヨーロッパのほうが汚染されている」という呟きは正しいのだ。それにしても、ウィーンの日本食品店に働くおばさんが知っていることを反原発活動をする人々が知らないというのも可笑しいことだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年9月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。