これは報道ステーションやNYTの田淵記者の主張する「われわれの主張は吉田証言が崩れても影響を受けない」という話と同じだ。しかし吉田証言が嘘であることは1992年に秦郁彦氏が証明して吉見義明氏も同意し、河野談話でも採用していない。だから朝日は「周知の事実である吉田証言と女子挺身隊だけ否定して植村記者の記事は守る」というデカップリングの戦術をとったのだが、これが大失敗だった。
朝日は吉田証言を嘘だと知っていたが、それを知らない多くの海外メディアや人権団体はびっくりした。世界各地に彼らの建てた慰安婦像は「12歳の少女まで挺身隊として動員された」という神話にもとづいているので、それを朝日が否定したことで慰安婦像の正当性も失われた。それに依拠しているクマラスワミ報告などの国連の勧告も崩れてしまった。
韓国政府は吉田証言には依拠していないが、韓国メディアや挺対協などの反日団体は、いまだに吉田証言を宣伝している。あれが嘘だということになると、吉見氏の「広義の強制性」とかいう漠然とした話しかない。そこでNYTは「性奴隷」という刺激的な言葉で人身売買と混同させようとしているが、1500万人の黒人奴隷を酷使したアメリカが、他国の数万人の性奴隷を批判するとはお笑いだ。
何より最大の影響は「朝日新聞が大誤報を訂正した」というヘッドラインが、伝言ゲームで世界をかけめぐることだ。しかも32年間もそれを訂正しなかったというのだから、細かいことを知らない大衆には、朝日=嘘つきという印象だけが残る。かつて「慰安婦=強制連行=性奴隷」という印象操作で「国際社会の常識」を作り出し、それに便乗した朝日が、今度はその逆の批判にさらされる番だ。
ほとんどの読者は、新聞の見出ししか読まない。だから本記に書かれていない「命令違反し撤退」という見出しをつけて有料記事を読ませようとした朝日の整理部は、出てこないはずの原文が出てくると失敗した。同じように朝日は「軍関与示す資料」という見出しの記事に「強制連行」という解説をつけ、読者が両者を混同することをねらったのだ。
しかし朝日は、自分の仕掛けた罠にはまった。「吉田証言は嘘だった」という話は、「朝日は信用できない」という評判になって大衆に広がり、そういう先入観は――朝日が証明したように――いったん刷り込まれると20年以上消えない。策士、策に溺れるとはこのことである。