政治とか雇用とか全然興味なかったけどなりゆきで最近議員になっちゃいました的なセンセイ方へのレクチャーを書いておこう。超がつくほど基本的なことなので普通の人は読み飛ばしてもらってOKだ。
もともと日本は雇用の流動性の高い社会だった。それは明治に制定された民法で「解雇は2週間前の通告だけでいつでも可能」となっていることからも明らかだし、戦争中は国家総動員法で労働者の勝手な転職を禁止しなければならなかったほどだ(従業員移動防止令等)。
ついでに言うと、本来、日本は実力主義の色濃い社会でもあった。戦前の緒方竹虎は38歳で朝日新聞社の取締役になっているし、戦後も田中角栄が郵政大臣として初入閣したのは39歳だ。
ところが、高度成長期に新しい流れが起こる。日本が実質成長で毎年10%近くも成長し続けていた時代。裁判所は「(どうせ業績が悪くても一時的なものなのだから)企業はよほどのことが無い限りは解雇しちゃダメ」という判例をどかどか量産し始めた。こうして、後付けで終身雇用というシステムが生み出された。ついでに言うと、人為的に超長期雇用が生み出されたことへのバーターとして“定年制度”も生み出された。この年齢になったら辞めさせてもOKですよ、という救済措置なわけだ。
さて、人員整理をしてはいけないと言われた企業だが、繁忙期と閑散期がある以上はどこかで雇用調整しないといけない。というわけで、日本企業は残業時間を使って雇用調整をするようになった。忙しい時にはいっぱい残業させ、暇になったら残業時間を減らす方式だ。このためにいろいろな抜け穴が設けられ、雇用を守るため、労使は青天井で従業員に残業させることが可能となった。結果、過労死が日本名物となった。
もちろん他の先進国でも高額年俸を受け取るホワイトカラーの中には過労死するほどの勢いで働く猛者も多いけれど、年収500万円くらいの普通のサラリーマンがバタバタ死ぬ国は日本だけだ。
他にも、終身雇用はいろいろな副産物を生み出した。雇用を維持するためには、従業員は辞令一枚でいつでも全国転勤しないといけない。東京で余っている人を、空きの出た仙台に移すことで雇用を守れるようにするためだ。となると、共働きは難しい。夫婦のうちどちらか一方は家庭に入るか、稼ぎ頭の都合に合わせていつでも退職→移動の可能なパート程度で我慢する以外にない。こうして、夫は会社で滅私奉公、嫁は家庭で専業主婦というロールモデルが一般化することとなった。
要するに、終身雇用や過労死や専業主婦といった現象は日本本来の伝統でもなんでもなくて、割と最近の流行りものに過ぎないわけだ。そういうものを「本来日本は、男女の役割分担をきちんとした上で、女性が大切にされ、世界で一番女性が輝いていた国」とかいうのはあまりにも見ていて恥ずかしいので辞めませう。
ついでに言うと、
長期雇用を前提にじっくり育てるから若くてポテンシャルのある人材をまとめて採る方が合理的 →新卒一括採用
ポテンシャルと学校名しか見ないから勉強しない →大学レジャーランド
実際には旦那一人の稼ぎでは子供二人育てるのは困難 →完結出生率の低下
など、終身雇用はいろいろな副産物を生み出している。
どれ一つとっても、これから成熟した先進国になる上では取り除かねばならない課題と言っていい。だからこそ、労働市場改革は構造改革の本命なのだ。“次世代”とか名乗るなら最低限このくらいは勉強しろ。
編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2014年11月7日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった城氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。