独露の“ホットライン"が凍る時 --- 長谷川 良

アゴラ

独週刊誌シュピーゲル最新号(11月17日号)に非常に興味深い分析記事が掲載されていた。タイトルは「冷戦へカムバック」だ。ロシアのプーチン大統領は影響圏の拡大に乗り出し、バルカン半島にその手を拡大してきたが、誰もプーチン大統領をストップできないと警告を発しているのだ。以下、同記事の概要だ。


▲独週刊誌シュピーゲルの記事「冷戦へカムバック」


ドイツの外交は基本的には対話外交だ。対露関係でも対話主導の外交を推進してきたが、「ここ1年間でロシアはドイツの対話パートナーから敵国に変った」(同週刊誌)という。

独露両国間の外交改善を目的にベルリンから外交官がモスクワに派遣されたが、ロシアの下院議員たちは誰一人としてドイツ人外交官との対談を望まなかったのだ。ウクライナ紛争が勃発して以来、制裁より対話を優先してきたシュタインマイヤー外相はロシア側の信頼破壊に対して苦情を何度も吐露している。

外相だけではない。メルケル首相も同じように感じてきた。メルケル首相はウクライナ紛争ぼっ発以来、35回以上、プーチン大統領と電話で会談してきたが、両首脳間のホットラインは今やシベリアの冷たい風を受け、不通となってきたのだ。

実例を挙げる。ロシアは国連安保理でボスニア・ヘルツェゴビナの欧州連合部隊(EUfor)の任期延期を拒否する一方、2016年のドイツの欧州安全保障協力機関(OSCE)議長国候補に態度を保留してきた。モスクワは先日、駐露のドイツ大使館政務担当官 Sabine Stoehr に対し、即国外退去を要求した。同担当官はロシアに対して批判的な発言をしてきたことで知られていた。今回の外交処分は、ボンの駐独ロシア総領事部のロシア外交官がスパイ容疑で国外退去を強いられた報復と受け取られている。

ベルリン外交は今、プーチン大統領の拡大主義にどのように対抗するかが緊急課題となってきた。欧州で“民族の火薬庫”と恐れられてきたバルカン半島にロシアの影響が拡大してきたからだ。特に、ロシアは正教圏のセルビア、そしてボスニアのスルプスカ共和国(セルビア人共和国)に触手を伸ばしてきた。セルビアは現在、欧州連合(EU)加盟を目指しているが、プーチン大統領は、セルビアのEU統合参画を阻止するために、ベオグラードに急接近しているのだ。その構図はウクライナのEU接近阻止と同じだ。

シュピーゲル誌によると、モスクワの対バルカン戦略は「ソフトパワー戦略」と呼ばれるコンフィデンシャルな文書に記述されているという。それによると、ロシアはセルビアに対し軍事的支援だけでなく、鉄道網整理などインフラ支援からガスの供給など経済的援助を行っている。例えば、セルビアのガソリンスタンドの79・5%はロシア企業が握っている。セルビアの隣国モンテネグロでは企業の3分の1はロシア企業だ。伝統的にロシアと密接な関係があるブルガリアでもプーチン大統領の戦略が展開されている。ブルガリアはロシアの原油、ガスに完全に依存しているが、30万人のロシア人がブルガリで不動産を購入している。EU加盟国のブルガリアの場合、EUの外交政策に拒否権を行使できる立場だ。いずれにしても、ロシアのバルカン支配は今始まったのではなく、既に現実化しているわけだ。

ちなみに、ブルガリア以外でもイタリア、ハンガリー両国はプーチン大統領の政策に理解を示してきているEU国だ。プーチン大統領の戦略に対し、EUの盟主メルケル政権は警告を発するだけで、対抗手段が見当たらず、プーチン大統領の真意を測りかねて当惑しているのだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年11月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。