前回の記事で、この時期に解散するような政治には落胆するとは言ってみたものの、落胆しているだけではどうにもならない。出来れば自民党が予想外に議席を減らして、安倍首相がもう少し追い詰められたほうが良いとは言ってみたもの、そういう事態になる可能性もかなり低い。それでも時間は止まらず毎日は過ぎていくから、一応安倍首相の思惑通りに事が運んだ場合を想定して、一市民としていかに対処していくべきかを考えてみるしかない。
日経新聞の世論調査によると、アベノミクスが失敗だったと考えている人たちのほうが、成功しつつあると考えている人たちよりもかなり多いようだが、今回の選挙で大きな敗北を喫しない限りは、首相はアベノミクスが信任されたと宣言するだろう。そうなると、増税せずに現在の政策が基本的に踏襲される事になるわけだ。そういう状況下で何が起こるかといえば、当面は何も起こらないだろう。株式相場は引き続き好調を維持し、まだら模様の実体経済も、当面はもうこれ以上は悪くならないだろう。しかし、病根は深いところで拡大していくだろう。
最大の問題は、既得権にメスを入れる構造改革など「やるべき事」がやられないままに時が過ぎ、財政破綻とハイパーインフレの可能性が高まることだ。日本の株式市況は既に外人投資家の手で決められていると言ってもよいが、外人投資家はどこかで大規模な「日本売り」に転じる機会を密かに伺っているに違いない。一旦変動の気配が生じれば、彼等は敏速に動き、逃げ遅れた日本の一般投資家が最大の犠牲者になるだろう。虎の子の貯蓄が大幅に減価する一方で、社会保険が破綻すると、高齢者は文字通り行き場がなくなる。
安倍首相ご自身が経済に強いとはとても思えず、「根拠のない確信犯」でしかないと思うが、私が非常に興味があるのは、アベノミクスを仕掛けた中心人物とも言える日銀の黒田総裁や浜田内閣官房参与が、現在内心でどのように思っているかということだ。自らの手で出口戦略を探るという意欲はあまりなく、「日本には膨大な貯蓄残があるので急速な破綻はない」という楽観をベースにして、「とにかく突破口は開いた。後は誰かがうまくやってくれ」と考えているのではないかというのが、私の推測だ。
(因みに、大胆な政策で「市場心理」を激変させた「第一バズーカ」までは、私とてその「功」の部分を多少は評価しないわけではない。)
日銀内部でも「緩和拡大の見返りに増税があると踏んでいたのに、その期待を裏切られた」という不満を持つ財務規律派が少しずつ勢力を増やすかもしれない。そして、彼等に主導権を握られて「心ならずも辞任を余儀なくされる」というシナリオなら、黒田総裁も辛うじて面子は保てるから、落とし所としてはそれでもよいかもしれない。
(かつて高橋是清は大胆な金融緩和で経済を立て直した後、一転して緊縮政策に転じたが、当然軍事予算をカットした事から軍部の恨みを買い、青年将校たちに殺されてしまった。命までは取られないのだから、それよりはよいだろう。)
安倍首相が事態の成り行きにいたく失望したとしても、もはや打つ手はないので、強面の政治主導は差し控えるだろう。こうしてアベノミクスはなし崩しに後退していくだろう。相当な揺り戻しがあるだろうが、これが「金融に頼らないまともな経済成長策」に繋がることを祈るばかりだ。増税の後送りは規定事実となっているから、財政の立て直しはしばらくは断念して、相当期間は「これ以上の悪化を防ぐ」事のみに集中すべきは当然だ。
さて、そういう中で一般市民はどうすれば良いのか? 答えは「政治に期待は持たず、自らの信じる事を推し進める」という事に尽きるのではないだろうか?一時的な好景気で手元に余裕ができれば、それを「生産性の向上」や「構造改革」の為に使うべきだ。「市場を海外に求め、海外での投資活動を拡大する」事も、これまで同様に粛々と進めるべきだ。今後とも自らを救う最後の砦は、「自らの国際競争力」でしかないという事を心に刻むべきだ。これは、国としても、企業としても、個人としても同じ事だと思う。
国として生産性を高める方法は、何と言っても「労働市場の流動化」、即ち生産性の低い分野から高い分野への労働力の移転を促すことだろう。その為にはTPPもそれなりの役割を果たすだろう。安全保障面の思惑から安倍政権がTPPで対米譲歩を決断し、それが国民の反発を買う事態になることも十分あり得るが、私は、長期的に見れば、そのほうが日本の産業界に良い刺激を与え、最終的には良い結果をもたらすと考えている。
現時点では方々で「雇用のミスマッチ」が起こっており、これが経済成長を阻害しているのは覆い隠しようもない事実だから、「外国人労働者の流入促進」もある程度はやるべきだろうが、西欧諸国の経験からよく学んで、これは十分慎重にやるべきだ。それよりも、「教育・訓練の充実」「女性の活用」「高齢者の活用」を更に積極的に行う必要がある。「金融緩和」の宴は早くお仕舞いにして、「実体経済の強化の為に本来やるべき事」を一つ一つ丁寧にやっていくしかない。
若者たちに「日本の外で活躍する能力と意欲」を培わせる為に、「教育・訓練」の一環として、「海外に留学し、海外での勤務経験を積む」事に対するインセンティブを与えるべきだ。しかし、これは国よりも経済界が知恵を絞るべき問題であり、経団連などの経済団体に一向にその動きがないのに、私は痛く失望している。大企業などが「法人税の軽減」を求めるのは理にかなってはいるが、「教育問題などについて自らも知恵を絞り、汗をかく」姿勢がなければ、「要求と責任履行のバランス」に欠けるという批判を受けるだろう。
「女性の活用」については、「少子化対策」と一体化でなされなければならないのは当然だし、その為の施策は既に数多く提案されているのに、その動きはあまりに遅い。担当大臣もいるのに、一体何をしているのだろうか?
「高齢者の活用」については、最大のポイントは、私がいつも言っている「高齢者基準のデノミ」だと信じている。高齢者が、若者の仕事を奪わないようなやり方で、あと五年間余分に働けば、労働力の不足はある程度補え、社会保険制度の崩壊も防げる。それこそが、前述したような「高齢者の行き場がなくなる」事態を防ぐ為に、高齢者自身が覚悟しなければならない事でもあると思う。現在の日本は、もはや「悠々自適」が万人に許されるほど豊かではない事を知るべきだ。・
尤も、日本は不思議な社会で、「もっと研究の現場にいたい」と思っている優秀な技術者を無理矢理に管理職に転換させたり、「給料や権限が大幅に縮小されてもよいから、これまでの経験を活かせるような分野で働き続けたい」と思っている高齢者を無理に引退させたりするような事を、ごく普通にやっている。このような「社会通念」から変えていかねば、抜本的な改革にはならない事も広く認識される必要がある。
最後になったが、今回の選挙においても、もう一つの重要な争点になるだろう「憲法改正」や「集団自衛権」の問題についても、一言触れておきたい。
安倍首相の胸の内には、野党の足並みがそろわない現時点で更に議席を増やし、その上で、「維新の会」等も取り込んで「一気に憲法改正をやってしまおう」という思惑も当然あるに違いないし、その可能性が全くないとも言い切れない。しかし、結論から先に言うなら、私は「安倍政権下での憲法改正」は望まない。靖国参拝に象徴されるように、安倍首相には、祖父の岸元首相譲りの「懐古的傾向」「国家主義的傾向」があり、これが近隣諸国だけでなく欧米諸国にも警戒されているからだ。
「自衛力(安全保障体制)強化」の為の法整備の充実はどうしても必要であり、これを無理な「憲法解釈」で誤魔化しながらやっている現状は、一流の民主主義国家としては極めて異常だし、いつまでも「現行憲法は米国に押しつけられた憲法だ」などという議論がまかり通るのも不健全だから、憲法改正は一日も早くやるべきだと私は思っている。しかし、それは「普通の国」になる為のものであり、「昔の日本のような国」になる為のものではないことを、諸外国に対しても明確にする形で行う事が望ましい。
安倍政権の後がどうなるかは現時点では皆目見当もつかないが、「憲法改正」は将来の政権に期待したい。野田元首相は不人気を覚悟で増税を主張し、次政権にやり易い環境を残してくれた。安倍政権も不人気になって当然の「無理な憲法解釈」で取り敢えずの安全保障上の問題を凌ぎ、次政権が「既成事実に法的な整合性を与える」事を訴えられるようにしてくれれば、何らかの役割を果たしたことになるだろう。