10月3日からのアゴラセミナー「日本経済はどこで間違えたのか」には、特別ゲストとしてデービッド・アトキンソン氏をお招きする(10月31日)。彼と私のつきあいは、30年前にさかのぼる。
「ハゲタカ外資」が日本を救った
アトキンソン氏はゴールドマン・サックスのアナリストだったが、90年代前半、すでに日本の建設・不動産業界はほぼ半分が倒産状態で、資本金の数百倍の債務を抱える業者も珍しくなかった。しかし不動産取引は手形ではないので形式的には倒産しないで存続していた。これを銀行が「破綻懸念先」といった形でごまかして延命していた。
1995年にNHKの番組「BS討論」に出てもらったとき、アトキンソン氏は「建設・不動産業界の債務を一括して免除しろ」という徳政令を主張した。これに対して銀行業界は猛反発し、そのとき出演していた大蔵省の長野証券局長も「特定の債務者だけ債務免除することはできない」と否定した。
当時は(私を含めて)マスコミも「バブルでもうけた銀行を救済するのはおかしい。ましてバブルを作り出した不動産業者を救済するなんてとんでもない」ということで一致していた。経済学者にも、決済機能には外部性があるので預金者を救済することは仕方ないが、銀行は破綻処理すべきだという筋論が多かった。
もちろん資本主義の原則からすると、リスクを取った企業が失敗の責任も取るのが当然だが、それを実行すると、金融危機のときは債権者の銀行まで破綻し、取り付けによって社会全体にパニックが拡大する。銀行はそれを恐れて債務者を生かさず殺さずの状態に置くので、不良債権の全容がわからないまま地価が下落し、損失がふくらむ。
ゴールドマンのような外資系の投資銀行は、日本の不動産が過小評価されていると気づいて、それを底値で買いたたき、リノベーションして高く売り、大もうけした。それは「ハゲタカ」と呼ばれてきらわれたが、結果的には彼らが不動産のfair valueを実証し、その後の不良債権処理のベンチマークになった。
「日本版ビッグバン」が日本経済を破壊した
あのとき徳政令を出しておけば、銀行の損害は純損失20兆円ぐらいですんだ。ところが皮肉なことに、アトキンソン氏の徳政令に激しく反対した長野証券局長が1997年に山一証券を「自主廃業」させたため、金融システムが崩壊した。
このとき長野氏は、山一の破綻後の記者会見で「マーケットが無理をとがめる動きはビッグバンをやりたい人間としては望ましい」と公言した。このため山一のメインバンクだった富士銀行に取り付けが殺到して金融危機が発生し、多くの企業が倒産し、自殺者は史上最高になった。
最終的には、不良債権の純損失は100兆円にふくらんだ。不動産業者は結局、債務免除され、銀行の損失46兆円を公的資金で埋めた。結果的には銀行融資が返ってこないのは同じで、損失はアトキンソン氏の徳政令の5倍になり、納税者がその半分を埋めたのだ。
「国債バブル」をいかにソフトランディングさせるか
破綻処理というのは約束を破るメカニズムなので、何らかの形の徳政令(債務免除)は不可欠だ。そのとき大事なのは責任追及ではなく、損害の総額を減らすことだ。そのために損害を早く確定して負担の配分を決めることが破綻処理のポイントで、かつてのメインバンクは、そういう最終決定権をもっていた。それが債務が大きすぎて機能しなくなったことが、不良債権問題の本質である。
同じことは、国債バブルが1000兆円にのぼる日本の財政にもいえる。日銀は史上最高値で国債を500兆円以上も買っているので、長期金利が2%上がると100兆円以上の評価損を抱える。金融村(銀行・生保・日本郵政)は国債を500兆円近くもっているので、同じく100兆円近い損が出る。
1990年代とほぼ同じ規模だが、当時の損失は民間の不動産債権だったのに対して、今度は政府債務だから問題は深刻である。それと同じぐらい大きいのが賦課方式の年金債務で、これは簿外債務だが、累計で1100兆円にのぼる。
さらに危険なのは、取り付けで金融システムが崩壊することだ。危機の表面化を避けるために日銀のように金融抑圧(低金利の固定)を続けると、古い企業が延命されて経済がボロボロになる。それより政府がインフレ税で政府債務(および年金債務)を実質的に踏み倒したほうが、被害総額は小さくてすむだろう。