円安と堅調な米国景気を追い風に、上場企業は2015年3月期に経常最高益を更新する勢いだ。もっとも日本経済新聞によると、その「稼ぐ力」は二極化している。
4~9月期の上場企業1500社の増益分のうち7割強はトヨタやソフトバンク、日立製作所、ファナックといった自動車、電機などの輸出企業、IT企業10社が稼ぎ出した。一方で、42%の企業が減益に陥っている。
30%以上の大幅増益を達成した企業が280社ある反面、2ケタ以上減益という企業が300社もある。強い企業はより強く、弱い企業はさらに弱くなる。まさに二極化の構図である。
上場していない膨大な数に上る中小企業を含めると、この傾向はさらに鮮明になり、再編淘汰の波が広がっているといえる。
なぜ、こうなるか。原因はいろいろだが、最大の要因の1つはグローバル化だろう。資本市場の国際化により、賃金を中心にコストの安い国の企業の商品力が強まり、高賃金国では独自性の高い高品質の商品でないと競争できない。
技術が成熟化した大衆価格帯の商品の生産は低賃金国に移り、競争力の劣る日本企業はジリ貧に陥る。
今から20年前の1994年1月、米マサチューセッツ工科大(MIT)経営大学院のレスター・サロー学長(当時)は「グローバル経済が広がる中で労働市場の流動化がどう進むか」という日経の質問に対し、次のように答えている。
<これまでの十年間に米国で起こったようなことが、日本で起きようとしている。それはまだ始まったばかりだが、日本でも(技能による賃金格差が広がる結果)、収入のよい仕事はますます少なくなり、下層の労働者の実質賃金はさらに下がるだろう>
<技能で中国の上から半分の労働者が日本の下から半分の労働者よりも優れたとしたら、経営者はどうしてわざわざ中国よりも技能の低い日本の労働者に、より高い賃金を支払おうとするだろうか>
事態は20年前のサロー氏の予見通りに進んでいる。今や中国よりも賃金水準の低いベトナム、バングラデシュ、インド、ミャンマーなどにまで生産拠点は広がり、日本の製造業の工場がそちらに移転し国内の製造業が空洞化している。いくら円安になっても輸出がふえず、巨額の貿易収支赤字が続くのはそのためだ。
円安は海外からの輸入品価格を押し上げるが、国内に残った内需型の製造業や卸、小売業、サービス業などの非製造業の生産性は全体として低い。過剰雇用を抱えてライバルがひしめいているため、輸入品などの仕入れ価格が上がっても、それを商品価格に転嫁しにくい。
ために、円安に向かうにしたがって利益が圧迫され、これに消費増税による需要減も加わって多くの企業が減益となったという次第だ。
この「稼ぐ力の二極化」は今後も強まりこそすれ、弱まることはあるまい。強い企業は高収益をテコにさらに研究開発を強化、世界企業としての競争力に磨きをかけている。
日経によると、トヨタの今期の研究開発費は9800億円と、リーマン・ショック前の好況時よりも上回る。村田製作所やコマツの研究開発費もリーマン・ショック前の4割増だ。
非製造業でも、強い企業は収益力を高めている。例えば、セブンイレブンやユニクロ、良品計画、ABCマートといったSPA(製造小売)型の小売業は生産、物流まで管理してきめ細かい在庫管理を進める一方、独自商品の開発に磨きをかけ、円安による仕入れ費増を吸収できる高粗利を実現している。それができない低収益の小売業との格差は広がるばかりだ。
再編淘汰はさらに進み、同一業種(業態)内の寡占化と上位集中、産業構造の高度化が進むのは確実だ。
大切なのは、この動きにブレーキをかけないことだ。消費増税の延期はブレーキをかける政策だろう。消費増税は消費者に節約を促し、収益力の弱い企業の賃金上昇を抑え、景気を冷やす。だから、安倍政権は1年半延期したわけだ。然り、消費増税延期とは弱者に優しい政策なのである。
これに対して、消費増税は財政再建を促し、海外の投資家への信用を高め、低い金利水準を維持して、投資拡大のテコとなる。強い企業にとっては望ましく、産業構造の変化を促す。然り、消費増税は弱肉強食型の政策なのである。
グローバル経済化も弱肉強食を進める。そこで、弱者の有権者を支持基盤にする政治家はグローバル経済や消費増税を抑えようとする。選挙では弱者の方が強者よりも声が大きく、マスコミも弱者保護型のキャンペーンを張る傾向にあるため、政治家はますます弱者保護型のポピュリズム政策に動く。
安倍政権もポピュリズムの風に抗し切れなかった。アベノミクスの第3の矢である成長戦略は岩盤規制の撤廃、緩和が不可欠だが、いつまでたっても、これが進まない。農業、医療・医薬、建設・土木、金融、流通、通信、労働……。岩盤はほとんど動いていない。
政府は成長戦略の名のもと、やれクールジャパン戦略だ、地方創生だと税金を投入する政策に忙しいが、先進国となった今の日本に、政府が音頭をとって有効な政策などほとんどない。民間企業の創意工夫に任せるしかなく、それが一番効率的なのである。
政府のすべきことは企業が自由に動けるようにすることだけ。つまり規制撤廃、行政改革である。
稼ぐ力のある企業が自由に活動できる環境を整えれば、経済は成長する。現に二極化したとはいえ、上場企業全体として見れば経常利益は最高益を実現する公算大なのである。
だから、弱い企業から失業者が出たら、事業を拡大して人手不足になった強い企業がその失業者を雇用すればいいのである。
もちろん、細かく見れば、自分の技能を発揮できない職場には入れない。雇用のミスマッチは起こるだろう。しかし、それは政府主体の技能訓練などによって徐々に解消して行けばいい。
また、労働市場の自由化は賃金格差を広げる懸念も大きい。その救済のために生活保護や最低賃金の整備など、所得の再分配機能は維持する必要はある。しかし、その原資は強い企業が中心になって生み出す。金のタマゴを産むニワトリが生き生きと動ける環境を整備するのが政府の役割である。強いニワトリの足を引っ張る愚は避けたい。
編集部より:この記事は井本省吾氏のブログ「鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌」2014年12月5日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった井本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌をご覧ください。