最低の政治を知る最高の本 - 『安倍官邸の正体』

池田 信夫
田崎 史郎
講談社
★★★☆☆



安倍首相がなぜ解散に踏み切ったかについては、本人がテレビで「財務省の根回しをつぶすためだった」と語っている。増税の延期を防ごうとする財務省が、自民党内に激しく根回ししたため「再増税を先延ばしすると、政局になってしまうと思った。でも解散すれば選挙になるから、みんな地元に帰ります」という(本書p.9)。

一般国民には、何のことやらわからないだろう。財務省は内閣の指揮下にあるのだから、首相が「根回しはやめろ」といえばよい。こんなことを本人が語るのは「私は部下も指揮できない無能な首相です」というに等しい。

しかしそれが永田町なのだ。そこは信じられないほど前近代的な「ムラの論理」で動いている。政策は官僚に丸投げなので、今回の財務省のような「下剋上」は日常茶飯事だ。安倍氏は第1次内閣のときは理想を掲げて失敗したので、第2次内閣ではムラの論理に徹している。

その参謀である菅官房長官が、本書の実質的な主人公だ。彼の評判は、「中の人」にもきわめて高い。人の話をよく聞いて党内の「空気」を読み、落とし所を正確に見きわめ、それを実現するために誰を動かせばいいか知っている。今回の「アベノミクス解散」も、菅氏の仕掛けだという。

しかし彼の欠点は、むずかしい政策がわからないことだ。国会対策や慰安婦問題などの外交問題は、持ち前の勘のよさでうまく乗り切るが、経済政策はまったくわからない。「空気」に敏感なので、内閣支持率や株価などの数字に過剰反応する。

本書も指摘するように、安倍氏と菅氏の共通点は低学歴だが、それは今の自民党ではマイナスにならない。むずかしい政策立案は官僚がやり、政治家は利害調整に徹しているので、菅氏のようなたたき上げが強い。第2次安倍内閣では、官僚出身者は史上最少だ。

では首相には何も理念がないのかというと、そうでもない。祖父から受け継いだ憲法改正が目標で、来年の総裁選で再選されたら本格的に動き出すだろうというが、何のために改正するのかはよくわからない。著者もそういう政策の中身には興味がなく、ひたすらムラの生態を微細に描く。

これが日本の政治である。教科書に書かれている「法治国家」とか「民主主義」とは、ほとんど何の共通点もない。しかしムラの論理に徹する安倍政権は、長期政権になるだろう。著者は安倍べったりの記者として知られているが、日本の政治の最低の状況を知るには最高の本である。