雪の降る日、人は哲学的になる --- 長谷川 良

アゴラ

You Tubeで倍賞千恵子さんの「雪の降る町を」を聴きながらこのコラムを書いている。日本海の町だろうか、大雪が積もった風景を映しながら、倍賞千恵子さんの透き通った声が流れてくる。


▲30センチ以上の新雪が降ったウィーン市(2013年1月17日、撮影)


35年前、オーストリアに初めて住みだした年の冬、雪は降った。気温もマイナス20度まで下がった。アルプスの小国はウィンター・スポーツのメッカで、インスブルックで冬季五輪大会が開催されたこともある。

音楽の都ウィーンでも雪は降った。重たいマンテル(外套)と長靴は必需品だった。それがここ数年、雪があまり降らなくなった。長靴が必要な日は年々少なくなった。

雪が降ると、雪かきの仕事が生まれる。ウィーン市当局に登録しておけば、失業者は1時間、7ユーロ程度の小遣い稼ぎができる。雪が降らないと、その仕事もなくなる。

昨年のウィーンの初雪は12月28日だった。13年は11月25日だった。雪が降らないのでチロルなどのスキー場では困った。幸い、年末にかなりの量の雪が降り出し、スキー場の営業もフル操業という。しかし、ウィーンでは初雪が降った後、2、3回、パラパラと降った程度でこのコラムを書いている7日午前、当方宅の窓から雪は消えてしまった。

希望はある。13年の時も雪はかなり遅かったが、降った。13年1月17日、30センチ余りの新雪が降った。「なぜ気象庁のように雪の日を覚えているのか」と聞かれれば、雪が降った日、当方は必ずコラムの中で雪の話を書いてきたからだ。過去のコラムをめくれば、日付から雪の量まで大抵はそこに記述されている。

大雪の降った2013年1月17日はアダモの「雪が降る」を何度も何度も聴きながら、雪景色を楽しんだ(「なぜ、人は雪が降ると考え出すか」2013年1月19日参考)。当方にとって、雪が降る日は特別だ。大雪で足が濡れるのはやはり嫌だが、それでも神秘的な雪の風景は何にも代え難いほど魅力的だ。視野を狭め、音を吸収する雪の降る日は人を否応なく哲学的にする。

「ベートーベンの生涯」を書いた作家ロマン・ロランは「ウィーンはどこか軽佻(けいちょう)な町だ」と表現している。非日常的なイベントで明け暮れる観光の町に住んでいると、人々は落ち着きを失い、内省する習慣もなくなっていく。例外は雪が降る日だ。ウィーン子は雪の降る日、人生について考え出すのだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年1月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。