今、ほぼ世界共通の悩みは低インフレ、ないしディスインフレ、あるいはEUのようなデフレ危機ではないでしょうか? 中央銀行や政府が目標としているインフレ率になかなか届かない状況が続きます。ユーロ圏では12月のインフレ率が事前予想のマイナス0.1%を下回るマイナス0.2%となり、2009年9月以来の水準となりました。
これは先進国に限らず、新興国なども同じ病。韓国の12月のインフレ率は15年ぶりの水準の0.8%、中国も1.4%となり先進国の低水準に追い付いてきています。新興国におけるインフレは経済が好転し始めると雇用が良化し、賃金が上昇し、総需要が増えていきます。その増え方は我々が経験した経済原則に当てはめれば着実に階段を上り10年、20年というスパンで先進国水準に辿りつくものでありました。その最適指標が自動車や住宅の販売状況であります。
ところがグローバリゼーションはその時間と段階のプロセスを一気に飛ばすことを可能にしました。それは皆が欲しいと思う高品質で先進国でも使用しているものが潤沢に供給され、コモデティ化し、短期間で極端な価格下落を招いたこともありましょう。
つまり、我々にしてみれば何年もかけてようやく手に入れたものが新興国の人にはそのあたりの店で最新型がすぐに手に入る時代になったという事です。例えば液晶テレビ。今から10数年前、37型ぐらいの液晶を4-50万円出して買っていた「先駆者」も多かったのですが、それから6-7年たって私は10数万円でゲットし、しめしめと思ったら今は5万円も出せば買えてしまうわけです。10数年で10分の1になる価格がインフレ率の計算に含まれているわけですからこれは需要の問題というより価格そのものが崩落してしまった結果であると言わざるを得ません。
また、昔は白黒テレビ、次にカラー、次にフラットスクリーン、それから液晶といった具合に進化の過程において消費者が踊るような喜びがありました。今は一足飛びに最新のものにたどり着けます。
私はグローバリゼーションとコモデティ化、更にはIT革命と機械化の進歩がモノの製造を安く、簡単にして誰にでもできるものにしたことで一定商品の消費意欲を長期にわたり、何度も掻き立てるようなスタイルが作れなくなってきているように感じます。また、選択肢が増え、消費はより広範囲となり、インフレ率の計算に反映されない消費もあるのではないかと思います。
つまり先進国がどれだけ金融緩和や量的緩和をしても金融的な対策としては限界があり、現代生活の根本が変ってしまった今、産業革命的なことが起きない限り、特効薬がないと考えています。
日本の若者はクルマに興味を持たなくなりました。時にはガールフレンドを助手席に乗せて、など言えばおっさん扱いされてしまいます。「車に乗ってどこに何しに行くのか」と返されてしまえばそれまでです。
若者がクルマにのってどこに行くのか、と思うようになったある会話があります。バンクーバーに勤務していたある駐在員が皆の勧めで家族を連れて初めてカナディアンロッキーに車で行きました。その人が帰ってきた一言目が「山と湖しかないじゃないか」で、愕然としたのと同じ流れがある気がします。
ではどうなるのでしょう? あえて言うなら今、先進国も新興国も同じ土俵に立ったわけですからこれからの技術革新を享受する人口は何倍にも膨れ上がるともいえます。自動運転の車やIoT(すべてのものにインターネットを接続する)による需要喚起はかつてないほどの市場規模になるともいえます。それまではわれわれはぐっと我慢の低いインフレ率に耐え忍ばなくてはいけないのかもしれません。
今日はこのぐらいにしておきましょう。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2015年1月8日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。