準備預金と日銀券の合計をベースマネーと呼んでいるが、ベースマネーは無償還(irredeemable)である。すなわち、それ以上は換金できない。準備預金は日銀券のかたちでしか引き出すことができず、現在の日銀券は不換紙幣である。したがって、個々の主体は、何らかの財・サービスや資産を購入することで手持ちのベースマネーの量を減らすことができるとしても、その分だけ売り手の保有するベースマネーの量が増えることになって、社会全体としてみた場合にはベースマネーの量が減ることはない。
唯一、全体としてのベースマネーの量が減るのは、中央銀行(日銀)がバランスシートを圧縮する操作を行った場合だけである。逆にいうと、例えば日銀の保有する国債をすべて非市場性の永久国債に置換し、政府が永久国債を買い入れ消却することもなければ、それを見合いに発行されたベースマネーは恒久的(permanent)に存在し続けることになる。この場合、「日銀は原理的には国債を永久に保有できるので、政府はその償還に頭を悩ます必要はない。」(ワインシュタイン、2014/12/29付日経新聞「経済教室」)ということもできる。
しかし、存在する資産は誰かによって保有されなければならない。要するに、供給されているベースマネー量に、民間主体が全体として保有しようと思うベースマネーの量(需要量)が一致する必要がある。現存量(供給量)が変わらないとすれば、その量に需要量が一致するように、様々な経済変数の値が調整される必要がある。現状はゼロ金利制約下にあって、「流動性の罠」的な状況にあるので、ベースマネー需要量はきわめて弾力的に増加し、著増しているベースマネー供給量と釣り合いを保っている。
この背景には、日銀の努力にもかかわらず、インフレ予想が高まっていないことがあると思われる。もし何らかの理由で、インフレ予想が本格的に高まることがあれば、ベースマネーを保有する魅力は激減することになるので、他の条件が一定であれば、ベースマネー需要は大幅に減少するとみられる。このときに、なおかつベースマネー供給量の削減が行われないとすれば、ベースマネー需要を増加させるように何らかの条件が変化しなければならない。
最もあり得ると思われるのは、資産インフレあるいは円安が生じることである。個々の主体はベースマネー保有量を減らそうとして、何らかの資産(国内資産あるいは外貨建て資産)を購入する(買いだめの効きにくい財・サービスではなく、まずは資産に向かうと考えられる)。資産を売却した者も代金として受け取ったベースマネーを手元に置いておこうとはせず、別の資産を購入しようとする。・・・といったプロセスが続くことになり、ベースマネーの回転速度が急上昇することになる。
こうしたプロセスの結果としての資産インフレ(あるいは対象資産が外貨建てのものであった場合には円安の急激な進行)を放置しておけるならば、ベースマネー供給量を削減しなくても済む。しかし、放置しておけないということになれば、日銀はバランスシートを圧縮する操作を行うか、準備預金への付利水準を引き上げて、ベースマネーを保有する魅力を高めることを余儀なくされることにならざるを得ない。後者の場合には、「政府はその償還に頭を悩ます必要はない」ということにはならない(準備預金の付利水準の引き上げは、統合政府レベルでみれば国債費の増加と同等である)。
このようにベースマネーの増加が一時的(temporary)なものではなく、恒久的(permanent)なもので、「流動性の罠」の状態を抜け出した後も続くものであるならば、資産インフレ的な状態がもたらされることが予想されることになるので、そうした予想が生まれること自体が「流動性の罠」からの脱却を促すという論理が成り立つことになる。これが、出口を想定した量的緩和は、ベースマネーの増加が一時的なものにとどまるので効果がないけれども、恒久的量的緩和(permanent QE)はヘリコプターマネー政策と同等で効果をもつという議論である(本石町日記さんが紹介していたブログ記事を参照のこと)。
果たしてわが国の量的・質的金融緩和に関しては、まだ出口がある(ベースマネーの増加は一時的)とみなされているのか、出口はなくなりつつある(ベースマネーの増加は恒久的)とみなされているのか。そうした期待の変化で、政策の効果はこれから大きくスウィングする可能性がある。
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池尾 和人@kazikeo