通勤手当廃止よりも、生活向上のためのもっといい解決策

大西 宏

少し前に、ちきりん女史が首都圏で働くひとたちが、遠い住宅地に住み、尋常ではないほど混んだ電車で、往復に2時間から4時間もかけて通勤していることの元凶は通勤手当という制度にあって、それを廃止することで、みんなが、より近くの住宅に住むようになり、生活もよくなるというブログ記事を投稿されていました。
通勤手当なんて廃止すべき – Chikirinの日記
ちきりん女史によると、その通勤時間を仕事の拘束時間と考えると、片道 1時間の通勤に 2万円の通勤定期代を負担している会社は、社員に時給 454円で、毎日 2時間、通勤電車に乗るというアルバイトをさせてるようなものだということになります。


面白い視点です。通勤手当は確かに税金では経費とされ、所得には入りませんが、社会保険などは通勤費込みで計算されるので、実際には、個人も会社もそれより多く負担していています。

より職場と近いところに住むことが、生活のクオリティをあげる、少なくとも自由裁量時間を増やすことには、もちろん異論はありません。しかし職住近接の解決方法としても、通勤手当制度の廃止がどうかというとかなり疑問です。

今でもそうですが、首都圏の職場に近い住宅の家賃は高く、給与が高い人や、手厚い住宅手当を出してくれる人は住めますが、みんながそうできるとは限りません。多くの人は、暮らす住宅の質と家賃のバランスを考えて、住宅を品定めしてどこに暮らすかを決めているのでしょう。

もし通勤手当を廃止して、実際にそのようにみんながより近いところに住むようになるのかどうかは別にして、仮に、誰もが都心近くの住宅に殺到したらどうなりますか。まず起こってくるのは、家賃の高騰です。
通勤手当制度を廃止すれば、近くに住むのは2万円高いけれど、通勤費が2万円高いと考えて引っ越したところ、家賃がそれよりも上昇して暮らし向きが悪くなってしまうということも起こってきそうです。首都圏は、二年に一回賃貸契約更新という特殊な契約制度が慣行となっているので、きっと敏感に家賃は上がってきます。

つまり起こっている問題で、目先に対処し、改善しようとするアイデアには、限界がありそうだということです。

いやそもそも、ちきりん女史の発想の前提には、強い思い込みを感じます。それは、今後とも首都圏で働きつづけないといけないということです。

個人として採用できる問題回避行動で示されているのも次の3つで、やはり前提は首都圏で働くになっていることを感じます。

・狭くていいから会社のすぐ近くに住む
・フリーランスになる
・出勤時間が遅い業界や職種に就職、もしくは転職する(時間は同じだが混まなくなる)

こういった思い込みを「認知バイアス」といい、「認知バイアス」が原因となって、個人でも、企業経営でも、いや国の政策でも、なにかを決める際に、間違った決定を導き出してしまうことがあることを昨日のメルマガで書いたばかりです。

抜けているのは、「首都圏を脱出して、地方の会社に就職すること」です。

地方で働くと言うと、田舎暮らしをして、農業に勤しむことをイメージしてしまう人もなかにはいらっしゃるかもしれませんが、選択肢はそれだけではありません。

全国の政令指定都市の会社でも、たとえ、ちきりん女史が示された2万円程度の所得が減っても、家賃などの住宅費、物価などを考えると十分にいい環境を手に入れることが可能かもしれません。所得が同じなら、はるかに豊かな生活をエンジョイできるようになります。

naverまとめで、「海外と日本 5000万円で買える家を比較すると悲しくなる」という記事がありました。海外ほどの豪邸は無理としてもで、関西圏ですら、うまく立地を選べば、通勤1時間程度の住宅地で5000万円もあれば、庭付き一戸建てのそこそこのいい住宅を手に入れることも可能です
海外と日本 5000万円で買える家を比較すると悲しくなる – NAVER まとめ

しかし、現実は東京一極化がどんどん進んでしまったために、地方都市に望む仕事や転職できる会社があるとは限りません。

一極集中化は、働く人たちの、生活のクオリティを高めるための選択肢をどんどん狭めてしまっているのです。狭い日本といいますが、東京への一極集中化は、実際はその日本をどんどん狭くしてしまっているのです。もっと怒ってもいいのだと思いますが、慣れてしまうとそんなものだと感じてしまうのが人の性です。

もしも戦争が起こったとしても、そのダメージを軽減させるために、一極集中化を避け、都市機能を地方に分散化させることに成功したドイツの人たちなら、なにをクレージーな議論をしている、そんな暮らし方をしていて誰も怒らないのだろうかときっと疑問に感じると思います。

ブログを書いていて感じるのは、日本の地方分権化や多極化について書いても、あまり反応がありません。それだけ無関心だということなのでしょう。しかし、まるでいつの時代のCPUだと感じさせる東京一極集中のワンコアから、同時並行処理が可能なデュアルコア、さらにトリプルコアへと日本を進化させることは、国家の社会や経済の問題、また安全保障の問題というだけでなく、はたらく人たちの「豊かさ」の実現にもつながっているのです。

通勤手当制度をどうのこうのというよりは、働く人の生活のクオリティ向上にとって、はるかに大きな効果が得られるのは、どんどん地方に会社ごと移っていくこと、できるだけ国や会社の機能を地方に移していくことです。
会社を点検してみれば、地価の高い首都圏に置いておく必要のない部門はいくらでもあるはずです。データセンターなどはその典型でしょう。

地方への移転を促進するためには、首都圏に拠点を置く会社には、その面積に応じて、首都圏特別法人税を課すというのも一手かもしれませんね。