ピケティ氏の「21世紀の資本」を読む前に知っておくべきこと --- 内藤 忍

アゴラ

トマ・ピケティ氏(パリ経済学校教授)の「21世紀の資本」が、この手の硬派な書籍として異例の売れ行きになっているそうです。成長と格差というテーマに切り込んだ、骨太で実証的な書籍のようですが、日本でのブームの要因は何なのでしょうか。


グラフは、日経新聞2月11日の経済教室で一橋大学の森口教授が提示していたものです。日本とアメリカの上位0.1%の高額所得者が所得の何%を占めているかというヒストリカルは数値をグラフ化して、比較しています。

日本の推移から、興味深い事実が見えてきます。それは、「格差と成長」の関係は一意的には決まらないということです。日本は戦前は格差社会、戦後は相対的な平等社会でした。その原因は、戦後の民主化政策によって、富が再配分され、累進的な所得税・相続税によって富の再集中が実現しにくくなり、教育改革によって、人的資本が平等化されたからです。しかし、格差と平等という2つの違った社会の中で、日本は高度成長を継続して実現したのです。

さらに重要なことは、日本ではアメリカと比べ格差が広がっていないということです。グラフを見ると、日本の超富裕層のシェアは1990年代半ばから上昇に転じ、2008年に戦後最高値になっていますが、それでも2.6%です。リーマン・ショック後は低下傾向になっていてアメリカの1980年代からの格差拡大とは対照的です。2012年の日本での超富裕層の平均所得は約5500万円なのに対し、アメリカでは7倍の3億8000万円になっています。

ピケティ氏の功績は、理論家でありながら、税務統計と国民所得計算から、所得占有率という格差の指標を推計する分析手法を編み出し、フランスの歴史統計を駆使して格差についての実証を行ったことです。これが、世界各国に広がり、成長と格差に関する研究が飛躍的に進んだことは、経済学における大きな収穫です。

でもその前に知っておくべきことは、このような日本が置かれている状況をグローバルに見ることです。超富裕層だけのデータなので、違った階層の分析も行うべきという批判はあるかもしれませんが、

格差と成長の関係は必ずしも明確ではない
日本では格差はアメリカほど広がっていない
リーマンショック後はむしろ格差は縮小している

という事実は押さえておくべきでしょう。

国内の事情だけを考えて、格差を是正しようと税制改革などを行えば、「0.1%の人たち」が、海外に出て行ってしまうリスクが高まります。格差を是正する政策が、国全体を貧しくしていくことにならないのか。感情的な「格差論」を語る前に、日本における豊かさと格差について、分析を元に慎重な議論をすべきだと思います。

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編集部より:このブログは「内藤忍の公式ブログ」2015年2月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は内藤忍の公式ブログをご覧ください。