朝日新聞デジタルのインタビューにおける原田泰氏の次ような発言が議論を呼んでいる。
日銀は国債をコストをかけずにただで買っている。10兆円分の国債を購入して、仮に2割損してももうけは8兆円ある。日銀の利益は国庫に渡ってきた。国債の価格が下がっても、財務省が埋めればそれでいいだけだ
しかし、この発言の意味の理解をめぐっては混乱がみられるように感じる。そこで、私の理解を述べてみたい。
日銀が10兆円分の国債を購入して、その代金を売却した銀行の準備預金口座に振り込んだ後、それがすべて日銀券(現金)のかたちで引き出されたとしよう。日銀券は日銀の負債として計上されているが、それに対して金利を支払う必要はない。他方、購入した国債からは金利収入が得られる。簡単化のために、その金利水準が年率0.5%で一定だとしよう。すると、1年間に500億円の利ざや収入が得られることになる。これが、フローでみた貨幣発行益(seigniorage)の大きさである。
しかし、この利ざや収入は1年限りのものではない。増発された日銀券が流通を続けている限り、金利水準に変化がなければ来年も500億円の収入が得られる。これが、未来永劫に続くとすると、その現在価値はいくらになるだろうか。割引率として同じ金利水準0.5%を使うと、
となる。すなわち、10兆円である。
要するに、貨幣発行益の現在価値合計は、貨幣発行額になる。日銀が10兆円分の国債を購入すれば、10兆円儲かるというのは、現在価値でみた貨幣発行益の大きさを述べているのだと解釈できる。
ただし、これは増発された日銀券が未来永劫に渡って流通し続ける限りという条件付きでいえることに過ぎない。かつては「成長通貨」という表現があり、経済成長に伴って増大する現金需要に応じて発行された日銀券は市中で流通し続けるとみなされてきた。この分についての貨幣発行益に関しては、その現在価値は日銀券の発行額そのものであるということができる。そして、日銀券の発行額の範囲内に長期国債の購入額を抑えるというのが、「銀行券ルール」であった。
しかし、現在は「銀行券ルール」は停止されており、いま日銀が国債購入の見返りとして供給しているベースマネー(現金+準備預金)の大宗は、金融緩和が終了すれば回収される必要のあるものにほかならない。例えば、2年後には回収することになるとすれば、貨幣発行益の現在価値合計は、
にしかならない。
換言すると、原田氏の主張が成り立つためには、一度供給されたベースマネーを減らすことはない、未来永劫にわたって引き締めなどすることはなく、金融緩和が継続するという前提が必要だということである(別記事の「出口なき量的緩和」を参照のこと)。
また、念のために補足すると、現在追加供給されているベースマネーの大部分は、無利子の日銀券ではなく、0.1%の金利が支払われている(超過)準備預金である。したがって、利ざや収入は400億円にとどまるとみるべきで、永久に続くとしても貨幣発行益の現在価値合計は、
で、10兆円にはならない。実は銀行券の場合も、その流通には経費がかかり、その値は(非公式の情報によれば)年率0.03%ほどの金利水準と同等である。それゆえ、実際の貨幣発行益の現在価値合計は貨幣発行額よりも小さい。
なお、原田発言の後段部「国債の価格が下がっても、財務省が埋めればそれでいいだけだ」は、日銀が国債の評価損を被ったときには、発行者である財務省は同額の評価益を得ている計算になるので、統合政府(財務省+日銀)レベルで考えればゼロサムになるという趣旨だと思われる。
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池尾 和人@kazikeo