前記事のついでに、いわゆる可変預金保険料率の導入に関しての私見を述べておこう。
もし預金保険制度が存在しなければ、預金者が合理的であれば、預金をする際には安全利子率(前記事のr)にリスクプレミアム(リスクがあることに対する割増分)を加えたものを要求するはずである。したがって、銀行の資金調達コストは、リスクプレミアムをρとすると、r+ρとなる。
これに対して預金保険制度が存在すれば、銀行は預金者に対して安全利子率さえ払えば預金を集められる。ただし、別途、預金保険機構に対して預金保険料を支払わなければならない。したがって、トータルでの銀行の資金調達コストは、預金保険料率をzとすると、r+zとなる。
それゆえ、r+ρ>r+z、即ち、ρ>zであれば、預金保険制度が存在するおかげで銀行は得をしている(補助金をもらっている)ことになり、ρ<zであれば、銀行は損をしている(課税されている)ことになる。そして、補助金効果の大きさは、ρの大きな銀行、即ち、より危ない銀行ほど大きいということになる。
そのために、固定預金保険料率(zが定数である)の場合には、ρを大きくするような(即ち、よりリスクテイクする)行動をとることで、預金保険制度の存在から受ける実質的な補助金の額を増大させられることになる。この意味で、固定預金保険料率は銀行のリスクテイクをより促進するという望ましくない効果を伴うといえる。
この望ましくない効果を除去するために、個々の銀行のリスクの程度(ρの大きさ)に応じて適用する預金保険料の値を変化させようというのが、いわゆる(リスク連関的な)可変預金保険料率というアイディアである。こうしたアイディアは、ミクロ経済学の標準的な考え方からみると、一見至極当然なことのように思われる。しかし、私個人は、可変料率については消極派である。その理由はいくつかあるけれども、ここでは2点だけ述べておく。
第1は、リスク量の測定の困難さである。銀行のインセンティブ(誘因)の歪みを是正することが目的であれば、事後的なリスクテイクの結果に対してではなく、これから予想されるリスク量の変化に応じて保険料率を変えなければならないけれども、そんなことが実務的に可能だとは思えないということである。銀行のリスク量の把握は自己資本比率規制においても重大な問題だが、うまくやれているとは思われない。
不正確なリスク量の評価に基づく可変料率の方が固定料率よりも歪みが少ないとは、とうてい断言できるものではない。
第2は、預金保険と通常の保険の大きな差異として、その対象となる保険事故の発生タイミングが全く外生的なものではなく、(一定範囲で)規制監督当局の裁量によるという点である。すなわち、規制監督当局が「業務停止命令」を発出した時点で保険事故が発生することになる。そして、フェアな保険料率というのは、PD×(1-LGD)で決まる。
ここで、PDというのは保険事故の起こる確率(Probability of Default)で、LGDは事故が起こったときの損失率(Loss Given Default)である。いわゆる危ない銀行というのは、PDの値が大きい銀行という意味であろうが、たとえPDが大きくても、LGDの値が小さいのであれば、保険料率を高くする必要はない。危ない銀行ほど、当局が厳しく監視しているので、LGDが小さいうちに破綻処理されるという可能性も考えられないことではない。
わが国でも早期是正措置(Prompt Corrective Action)という制度が導入されているが、この制度の趣旨はできるだけLGDを小さくするように「業務停止命令」を発出するというものである。かりに早期是正措置が完璧に機能するものであれば、預金保険料としては一律に事務経費分だけを徴収すれば足りはずである(もちろん早期是正措置には限界がある)。
少なくとも預金保険料率は、銀行破綻処理政策(制度と戦略)と関連している(ρの値は、規制監督当局の行動に応じても変化する)ことは認識しておくべきである。
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池尾 和人@kazikeo