安倍演説で注目する書籍「スピーチライター」

どうも新田です。私も未来の伴侶とは希望の同盟を組みたいこの頃です。ところで安倍総理の米議会演説ですが、企業トップや選挙の候補者の言葉をサポートしている身としては、「侵略」や「おわび」の文言が入るか否か云々よりも、キーワードやフレーズの使い方などスピーチ原稿のクオリティーに目が向いております。


■注目度が上がる陰の存在
オリンピック招致演説の際は当時懸案だった汚染水を「Under control」(封じ込めた)と自信を持って語りかけたことが思い起こされますが、今回のサウンドバイト(印象的なフレーズ)は「希望の同盟」(an alliance of hope)。締めくくりで「Distinguished representatives of the citizens of the United States, let us call the U.S.-Japan alliance, an alliance of hope.」(米国国民を代表する皆様、我たちの同盟を「希望の同盟」と呼びましょう)と呼びかけ、最後にまた「Alliance of hope …. Together, we can make a difference.」(希望の同盟――。一緒でなら、きっとできます)とダメ押し。このあたり、リズミカルに多用することで聞き手の議員、米国民の耳に残りやすかったと思います。

全体の構成としては、時に戦火を交えながらも戦後は世界の平和、経済発展に手を取り合ってきた日米関係の歩みを基軸に、「日本はいま、『クォンタム・リープ』のさなかにあります」やら「私たちは積極的平和主義という新しいバナーを掲げた」などなどアピっているわけですが、過去の日本の総理の国会での所信表明演説と違って格調を感じるのは、各官庁からの要望文を盛り込んだパッチワーク的な作文とは違い、ストーリー仕立てでカッコよく整えているから。もちろん、忙しい安倍さんが自分で文章を書いたわけではなく、スピーチライターの谷口智彦・内閣官房参与の筆が光るわけです。

そんなスピーチライターという職業が日本で注目されてきたのは、ここ10年くらいでしょう。2008年の米大統領選でオバマが「Yes,we can」の煽り文句で上り詰め、ジョン・ファブロー氏らの影の活躍がメディアで取り上げられたのが大きなきっかけですが、そうした黒子の代筆者たちの歴史、企業のトップや政治家を相手に彼らはどういう仕事をしているのか、どのような原稿を書き、巧みな演出をしているのかを書いたのが本書です。



新書ではありますが、著者は、上場企業経営者らを顧客に抱える現役のスピーチライターだけに実用書的な側面もあるのが見所。スピーチが下手すぎる社長とのやりとりを細かく再現し、それなりのレベルに誘導していくくだりは、なかなか読ませます。社長のスピーチ原稿を書く企業広報や、演説がツマラナイ議員先生の演説を変えたいと苦心している秘書さんたちにとっては一読の価値があります。

■総合PRディレクターとしての横顔
もう一つ注目したいのは、スピーチライターの原稿を書くこと以外の仕事の中身。一般的には「代筆屋」に過ぎないイメージをもたれがちだが、著者が「仕事は原稿を書くだけではない」と書いているように、プレゼンのトレーナーとしての役割から、照明や小道具、衣装の使い方も含めた演出など総合的なPRディレクターとしての顔も併せ持っております。本書では、筆者が実際に携わった経営計画発表の案件で、社長が企業内にすでに取り組んでいる事業の話をするのではなく、メディアの注目を集めるためにスピーチに合わせたオモシロネタを実際に企業側が出来ないか提案して調整するくだりが紹介されます。企業広報PRの仕事をしていると、こうした経営マターに深く入り込んでしまうことがしばしばあるわけですが、一流のスピーチライターもそうした枢要なポジションにあって、宣伝効果を高める努力をしていることが分かります。

その意味では、本書を読むと、今回の安倍演説に先立ち、谷口氏が綿密な下準備をしていた記事も気になるようになります。

安倍首相、米議会演説で「痛切な反省」も「おわび」に言及しない
(略)…首相が英語で演説するにあたり、スピーチライターの谷口智彦内閣官房参与が今月上旬、訪米して米議会関係者や有識者らの意向を探ってきた。…(略)(15年4月30日 産経新聞

どのような下交渉を米当局側としながら原稿を推敲していったのか、本書を読むといろいろと想像できるようになりますね。

それにしても、著者の蔭山氏は1980年生まれとまだ若いことにも驚きます。若手の実務家の場合、実用的な内容や、自分の所属する業界の同時代的な動きの分析がメインになってしまうのですが、哲学や演劇の深い教養をお持ちらしく、スピーチライターの歴史を述べた第1章では、日本社会でスピーチライターがなぜ求められなかったのか、そして近年は変化が出てきた背景の分析・整理が多岐に渡り、鋭い。読み物としても序盤から楽しめます。政治経済歴史ネタが好きな方のGW中の暇つぶしにはもってこいかもしれません。ではでは。

新田 哲史
ソーシャルアナリスト/企業広報アドバイザー
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