“未来予測”という新聞イノベーション

新田 哲史

どうも新田です。昨年来、あれやこれやと注目されている朝日新聞ではありますが、政治的社論のことはひとまず置いて、データジャーナリズム・ハッカソンだとか、新聞業界では異例のスタートアップ投資だとか、メディアイノベーション関連のブランディングは間違いなく新聞業界で抜きん出ていると思います。



■築地から渋谷に飛び出した朝日の取り組み
同社では、未来メディアプロジェクトと銘打って、ニュースはもっぱらスマホから得ているような意識高い系の若者たちに訴求する実験的な取り組みもやっております。そうした若い無読層とのリレーションする足がかりとして、築地を飛び出して渋谷にメディアラボ分室まで作っております。それで先月18日、その渋谷の分室で「人工知能(AI)が私たちの仕事を奪う?」と題したイベントが行われまして、どういう風の吹き回しか元ライバル紙記者であるワタシメが公式レポートの記事を手がけることになりまして、前半部分が先ごろアップされております。

典型的な私大文系人間なので、5年前くらいまでのワタシメならきっとAIに関心もなかったことでしょうが、選挙や報道業界の急速なネット化を現場で見てきた近年はその意識も変わってきました。昨年「ワークシフト」を読んでテクノロジーが職業を奪う近未来の話に興味を持ったかと思えば、つい先日もDeNAが2020年までの自動運転タクシー事業構想をぶち上げまして、都知事選で一緒だった高木新平君がそのブランディングを手がけていることをフェイスブックの公開投稿で自慢しているのを見るとそれなりにAIも他人事ではないように感じます。もっとも、また常見のアニキに「自動運転は意識高いぞ」とdisられるんじゃないかと横目でソワソワしておりますが。わはは。

それで、話を朝日新聞のイベントに戻すと、日本のAI研究の第一人者である新井紀子・国立情報学研究所教授と、長年この問題を追いかけてきた経済部出身の原真人・論説委員によるトークセッションから、年々進化するAIの強みや弱みが明らかにされます。新井さんが手がける、AIを東大入試に合格させるプロジェクトは開始当時話題になっていましたが、いやはや、昨年はとうとう代ゼミの模試で偏差値50を狙えるところまで来ていたんですね。簡単な文章のサマライズも目処が立っているらしく、その昔、新人記者時代に使えた支局のデスクから「あと20年くらいしたら俺のような人間はロボットに取って代わられるかな」と冗談交じりにボヤかれ、無知蒙昧なワタシメが「それはないっすよ」と応じたセピア色のシーンも色あせて思い浮かばれます。

※ペッパーも登場した未来メディア塾のイベント(朝日新聞未来メディアプロジェクトより)

■困難な未来予測を報道機関がやるべき意義
朝日新聞さん的には今後、この未来メディア塾で「これから起こる社会問題」を真剣に論じ、専門家と記者が一方的に話をするだけでなく、質疑応答・議論を活発にして、問題解決の方法を模索する取り組みを続けていくようです。かつて10年ほど、記者をやってそのうち6年くらいは社会部や地方支局のドサ周り系の業務をやってましたが、そのころから疑問に思ってたことがあるんですよ。それは社会を騒がす大事件が起きた直後にあるような「あのとき◯◯の取り組みをしていれば事件が起きなかった」系の報道。なんかちょっと後出しジャンケンのようにも思いつつ、結局、事件が起きないと◯◯みたいな話は注目を集めないし、結局、誰かが死んだりして初めて新聞がセンセーショナルに存在感を示すこともできるという職業的な業の深さを感じたものです。

そもそも未来予測は難しいし、外れてしまったらしまったで「外れ予測のまとめ記事」で笑われてしまいますしね。ましてや顕在化していない社会ニーズに行政は、限りある税金を突っ込んで予算化して社会投資するのは難しいのも現実です。ただ、今回のAIの新井さんのようにその道のプロが10年後、20年後の社会の行く末を心配し、体を張って提言されているテーマに関してだけでも、報道機関がいろいろと布石を打つ言説をするくらいは、大した社会コストもない。むしろ発信力を活かしてアテンションを取り、問題意識をじわじわと醸成し、ワーストシナリオを少しでも回避する手立てになるのであればいいことではないかと思うわけですよ。

■新聞業界の新しい読者リレーションに
たとえば自動運転なんか、世界に冠たる自動車会社からIT企業が社運をかけたR&D競争やっており、遅くとも2030年頃には部分的にも実用化している可能性は高そうです。日本のタクシー業界はこれまで外国人にハンドルを握られませんでしたが、先進国でも稀有だったそんな状況も、さすがに自動運転タクシーがコストと安全を両立させて実現しちゃえば運転手の雇用環境が激変するんじゃないでしょうか。「不況時は運転手が増えるもの」という定説もあるように、ハロワからの受け皿にヒビが入れば社会は新たな仕事問題が発生するわけです。

と、まあ、そういう「新しい社会問題」ネタはイノベーションが起こる度に発生するわけですから、専門家と、関心のある一般の皆さんを報道機関がファシリテーションしつつ、有意義な提言をどんどん発信していく意義はあると思います。何かと「若者に縁遠いな」と身構えがちな新聞業界としても、ここに新しい読者とのリレーションの道があるような気がします。

なお、新井さんと原記者の対談とイベント参加者との討議の模様をレポートした後編の記事は、あす5日午後には未来メディアプロジェクトのサイトにアップされますので、ぜひご覧ください。微妙に宣伝記事ぽいけど、断じてステマではありません。ではでは。

新田 哲史
ソーシャルアナリスト/企業広報アドバイザー
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