安倍政権にとりつく国家社会主義の亡霊


日銀の黒田総裁は「ピーターパンは飛べるかどうか疑った瞬間に永遠に飛べなくなってしまう」といって、前向きな姿勢を強調したという。もちろん前向きの姿勢は大事だが、それだけで空を飛ぶことはできない。ピーターパンが空を飛ぶためには、飛ぶ能力が必要だ。

普通の人間がいくら「空を飛べる」と思っても飛べないのは、飛ぶ能力がないからだ。これを経済学では、潜在成長率という。これは向こう10年の平均で実質ゼロ成長というのが大方の予想だが、経済財政諮問会議で安倍首相は「成長率を上げて2018年度にプライマリーバランス(PB)の赤字を1%にする」という中間目標を表明した。

今の赤字は3.3%だが、内閣府は「2017年4月に消費税率を上げればPBは0.8%改善します。残り2.5%を5年間の健全化計画の期間で割ると、単年度では0.5%の改善が必要です」といったそうだ。

2020年度に赤字をゼロにするには、その2年前の2018年度に1%に減らす必要がある。それには2018年までに赤字を2.3%減らす必要があるが、増税の効果0.8%を除くと3年で1.5%、つまり年率0.5%の削減が必要だ。

この計算は正しいが、問題はどうやって減らすかだ。普通それは歳出削減しかないが、首相は「景気が回復すれば税収は上がる」という。だが内閣府の計算では、図のように名目成長率が3%以上の「経済再生ケース」を想定しても、年率0.2%しか改善しない。1.5%程度の「ベースラインケース」では赤字は拡大する。


歳出削減なしで赤字を毎年0.5%減らすためには、ピーターパンのような魔法が必要だ。そこでリフレ派の愛好する税収弾性値が出てくる。これは名目成長率が1%上がると税収が何%上がるかという数値だが、小黒一正氏もいうように1程度と考えるのが常識で、今の計画でもそうなっている。

ところが高橋洋一氏によれば、「景気の回復局面では税収弾性値は3~4程度」になるので、名目3.6%の成長率を見込めば、PBは2020年には楽々と黒字になるという。今の見通しは「日銀のインフレ目標2%と矛盾している」から、2%のインフレになるという。

これは「政府が成長すると思えば成長する」というピーターパンの論理だ。昨年の名目成長率は1%で、ここ10年の平均で0.6%だ。「3%を超える成長」という前提が満たされていないのだから、税収弾性値が上がることもありえない。

このように財政が戦時経済なみにボロボロになっているとき、さらなる成長で税収増をはかろうという発想は、朝日新聞論説委員だった笠信太郎と同じだ。彼は1939年にこう書いた。

軍事行動は謂ゆる治安工作と並行して抗日勢力の徹底的粉砕を目指して進められなければならぬ。[…]その経済的基礎は東亜経済ブロックの上に置かねばならぬ。莫大ではあるが今はまだ価値なきものとして地下に埋もれる満支の資源の開発を遂行する」(『日本経済の再編成』pp.6~7)

この「東亜経済ブロック」は、当時行なわれていた日中戦争で構築する予定だった。このころ政府債務はGDPの200%に近づいていたが、それは満州や中国から掠奪すれば返せる。財源は国債を日銀が引き受けるので、いくらでも調達できる――朝日新聞のこの「財政計画」は軍部に歓迎され、国債発行は爆発的に増えた。その後どうなったかは、誰もが知る通りである。

このように「国家が決めれば社会はその計画どおり動く」と考える国家社会主義をファシズムと呼ぶ。安倍首相を「ファシスト」とか「ヒトラー」と呼ぶのは間違いだが、彼のまわりには(かつてリフレ派と呼ばれた)ファシストが横行している。今度はかつての戦時経済の教訓に学び、ファシストにだまされてはいけない。