今朝の読売新聞記事に拠れば、今月4日の衆院憲法審査会で「与党が推薦した参考人を含む全員が違憲との考えを示した」安保法制の成立を期すべく、政府・与党は来週水曜日までの今国会会期につき9月までの「大幅な延長が避けられないと判断した」ようです。
此の4日の後も衆院平和安全法制特別委員会での中谷元防衛相の答弁を巡って更なる混乱が生じたわけですが、普通の法学者からしてみれば皆今ある原文に照らし合わせて其の合憲性を判断するわけで、上記参考人のみならず「95%を超える憲法学者が違憲だと考えている」のは当然だと思います。
ところが世の現況と照らし合わせてかくあるべしといった議論は現行憲法の改正あるいは解釈という話になるのでしょうが、私としてはやはり現在そして将来を見据えた上でどう在るべきかを勘案し情勢判断を下して行くのが正しい考え方だと思います。
言うまでもなく、憲法は「国のかたち」を決める一番の基になるもので大筋で捉えているケースが多いわけですが、そもそも法律というのは現実の後追いでできているケースが其の全てと言っても過言ではありません。
戦後日本にあって非常にセンシティブであり続けた此の日本国憲法を巡る問題、とりわけ戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認に関する第9条の問題は、例えば13日付の日経新聞社説において「憲法解釈の変遷こそが戦後日本である」とまで書かれる程です。
吉田茂内閣(1946)での「自衛権の放棄」、鳩山一郎内閣(1954)での「自衛権の保有」、田中角栄内閣(1972)での「個別的自衛権の行使に限定」、鈴木善幸内閣(1981)での「集団的自衛権は保有するが、行使できない」とする、「憲法第9条とそれをめぐる解釈」が「WEDGE Infinity」にも載っていますが、過去様々な蓄積があるだけに余計に難しい側面があるのです。
衆院平和安全法制特別委員会では先日より内閣法制局長官の横畠裕介氏が「合憲」とする其の政府見解を示し、また自民党の高村正彦副総裁も衆院憲法審査会で先週木曜日59年の最高裁判決(砂川判決)を基に其の考え方を述べておられました。
高村副総裁いわく、昨年7月の「閣議決定における憲法解釈は、我が国を取り巻く安全保障環境の大きな変化を踏まえて、砂川判決の法理のもとに、かつ、これまでの憲法解釈との論理的整合性と法的安定性に十分留意して、昭和四十七年見解などの従来の政府見解における憲法九条の解釈の基本的な論理、法理の枠内で、合理的な当てはめの帰結を導いた」とのことです。
何れにせよ此の問題については、様々な側面より今後の世界情勢を注視しつつ世界の常識とは如何なるものかと考慮しながら其の妥当性を判断して行かねばなりませんが、私は集団的自衛権の行使容認というのが世界の常識ではないかと思っています。
現在国会審議中の安保関連法案に関しては誰がどう読んでみても憲法違憲との指摘を受け得るものでありましょうが、それは解釈の問題であって法文的な解釈だけでなしに現在・将来を見据えつつ為される解釈こそが在るべき姿というものです。
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