「日経FT買収」は称賛に値するか?

先週金曜日に開かれた日本経済新聞社による「英フィナンシャル・タイムズ(FT)・グループの買収に関する記者会見」で、喜多恒雄会長は今回の「FTの買収によって、今よりも質の高い豊富な国際情報を日本の読者に提供できるようになります。FTには世界に影響を与えるコラムニストがおりコラムに定評があります」等々と発言されていました。


此のFTというのは取り分け政治・経済記事に関し分析力が際立っており、その世界各国の情報網は然る事ながら質の高い政治・経済記事を書くに相応しい学識を有した優秀な記者を多数要している所です。日経新聞と比し、様々な視点を含め深い洞察を備えたFTの分析力との差は現状残念ながら歴然たるものです。

上記記者会見で日経の岡田直敏社長は、FTとは以前から「記事の相互交換はやっていますが、それは限定的なものです。人材の交流やノウハウの交換まではいっていません。今回のような深い提携により本当の交流が生まれます」と言われていましたが、今後は兎に角FTが齎す良いインパクトを日経の中に持ち込んで頂き、日経新聞のレベル向上に是非繋げて貰いたいと思います。

冒頭挙げた喜多会長いわく「以前から、日経が成長するためにはデジタルとグローバルの二つを推進していかなければならないと思っていて、特にグローバル化に大変強く関心を持つようになっていました」とのことですが、これからの時代このグローバルということが大事なキーワードになるでしょう。

私設取引所(PTS:Proprietary Trading System、米国ではATS:Alternative Trading System、ECN:Electronic Communication Networkとも呼ばれる)を例に見ても、やはりそこにはグローバルスタンダードというものがあるわけです。先月のブログ『いま何ゆえネット証券評議会の議長選挙立候補か』でも指摘した通り、日本の証券分野には取り分け先進国のグローバルスタンダードから見るに、遅れていると思うことが随分あります。

例えば今月8日、ニューヨーク証券取引所(NYSE)がシステムダウンした米国市場では、非常に短期間で売り注文が殺到しました。システムというのは基本完璧では有り得ず、ダウンする可能性が常にあります。各種報道にもあった通り当時、私が当該問題の推移を見ていて一番に思ったのは、やはり米国の場合は此の類が生じた時、PTSがきちっと機能していたということです。他市場が機能しているが故に、NYSEの障害を受けても被害が最小限で済んだのです。

翻って日本の置かれた現況を考えてみるに、過去にもシステム障害を起こした東京証券取引所がまた何時何時ダウンするかが懸念されます。仮にそうした状況が生じたとして、日本の場合は米国とは大きく違ってPTS市場は未発達です。PTSの一般化が遅々として進まないのは、日本取引所グループ(JPX)や行政の指導・対応に問題があろうかと思います。これからのち東証がサイバー攻撃を受けた場合、欧米の如くPTS市場が機能していない日本の現状では、投資家の批判は行政や東証に集中するでしょう。

此のPTSで言えば特に、信用取引解禁の早期実現や「10%ルール…PTSの運営において取引量が対国内全取引所比の全売買代金の10%を越えてはいけないという制限」の早期撤廃が大事になるわけですが、こうした世界の非常識である理解不能な規制は一刻も早く無くさねばなりません。あらゆる事柄にあって我々日本人は今、「なぜ米国や欧州で許されることが、日本では許されないのだろう」というグローバルな視点を常に有することが、強く求められているのです。

今回の「日経FT買収」は私が最近見たM&Aの中で、最も称賛に値するものだと思っています。何故ならそれはM&Aをして、一企業におけるプラス・マイナスという話だけに留まるものではないからです。経済再生担当大臣の甘利明さんも言われる通り、「日本メディアが世界的な経済メディアたるFTを傘下に収め、国際社会に日本の経済事情をより正確に発信できるようになることは喜ばしい」のは勿論、日本のメディア界ひいては日本全体の情報の質向上に繋がれば、またその分析力によって日本国民を啓発しより高次の理解・認識に繋がれば、非常に素晴らしいことだと思います。日経が益々研鑽されて行かれることを切に望む次第です。

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