黒田日銀の円安誘導は「労働者窮乏化政策」

池田 信夫

先月のEconomist誌のシンポジウムで印象的だったのは、政治的には苦境が伝えられている安倍首相が意外に上機嫌だったことだ。そのジョークも覚えている。

きょうの会議で、安全保障があまり話題にならないと不思議に思う方は、日本の新聞をよく読んでいる方です(会場笑)。日本のマスコミが安保法案ばかり騒ぐのは、経済が順調だからです。”No news is good news”。今の日本では、経済問題はニュースにならないのです。

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それは本当だろうか。図のように今年4~6月期の成長率は前期比-0.4%、年率-1.6%と大方の予想を下回った。特に懸念されるのは個人消費が前期比-0.8%と、1年ぶりにマイナスになったことだ。円安で輸入物価が上がり、実質賃金が低下するので、特に輸入品の消費が落ち込んでいる。

これは当たり前だ。「黒田バズーカ」の目的はインフレ目標ではなく、円安誘導だったからだ。かつて「円高ファイター」だった黒田氏には成功体験があったが、為替レートの目標を政府や中央銀行が公言することは政治的に正しくないので、インフレ率2%という偽の目標を掲げたのだ。

もともとリフレ政策は、浜田宏一氏がいうように、名目賃金の下方硬直性があるとき、インフレにして実質賃金を下げ、円安で輸入物価を上げて輸出価格を下げ、労働者から企業に所得を移転する労働者窮乏化政策である。

これは必ずしも悪いことではない。日本の賃金は新興国に比べて高すぎるので、それを下げて雇用が拡大すれば、経済が好転する可能性もある。しかし今の3.4%という完全失業率は自然失業率に近いから雇用は増えず、賃金が下がって個人消費が落ちる効果だけが出てきたのだ。

ここからいえることは、金融政策の出番は終わったということだ。民主党政権の反企業政策で成長率が潜在成長率を下回っていた時期には、企業に「インフレ期待」で活を入れる政策にも意味があったが、それはしょせん短期の偽薬効果であり、もはや逆効果になりつつある。

それよりJBpressにも書いたように、日銀の財政ファイナンスは、安倍首相に上のような錯覚を与え、「放漫財政を続けても大丈夫」と思わせる副作用が大きい。黒田氏は財政再建を金融面から助けるつもりだったのかもしれないが、首相と日銀総裁の意見が食い違うのは危険な兆候である。