国連安保常任理事国(米英仏ロ中)にドイツを加えた6カ国とイラン間で続けられてきたイラン核協議は先月14日午前、最終文書の「包括的共同行動計画」で合意し、2002年以来13年間に及ぶ核協議はイランの核計画の全容解明に向けて大きく前進し、国連安全保障理事会は同月20日、最終合意内容を承認する安保理決議(2231号)を採択したばかりだ。これを受けて、対イラン制裁の解除に向けた手続きがスタートしたが、ウィーンのAP通信記者が今月19日、以下のスクープ記事を発信した。
Iran will be allowed to use its own inspectors to investigate a site it has been accused of using to develop nuclear arms, operating under a secret agreement with the U.N. agency that normally carries out such work, according to a document seen by The Associated Press.
▲特別理事会に臨む天野之弥事務局長(2015年8月25日、IAEA提供)
テヘラン郊外のパルチン軍事施設への査察はイランの核問題の解明の鍵と見なされてきた。同施設で核軍事転用の為に起爆実験が行われた疑いが囁かれてきたからだ。通称、「軍事的側面の可能性」(PMD)の問題だ。AP通信によると、そのパルチン軍事施設への査察がIAEAの査察員によって行われず、イラン側が提供する施設内の写真や映像などをIAEAが受け取るという形で実施されるというのだ。この報道が事実ならば、イラン核協議の最終合意の信頼性が揺れ出すことにもなりかねない。
同記事が伝わると、イランとの合意に批判的な米共和党議員の間で、「オバマ大統領はイラン核問題の解決という成果を焦るあまり、最も重要な査察活動に対してイラン側の要求に譲歩していたのか」といった驚きと、「前例のない検証だ。オワイトハウス関係者は最終文書を読んでいないのではないか」といった皮肉混じりの批判まで飛び出したという。
それに対し、IAEAの天野之弥事務局長は20日、プレスリリースの中で、包括的共同行動計画とは別にイランと締結したアレンジメントについて、「加盟国とIAEA間で締結されたセーフガード協定はコンフィデンシャルに属するから、答えることはできないが、イランとのアレンジメントは技術的に健全であり、これまでの査察実践とも一致している。セーフガードの基準に対して如何なる譲歩もしていない」と反論している。同事務局長の迅速な返答は、IAEAの間で、「同記事内容がイラン核協議の最終合意の信頼性を損なうのではないか」といった危機感があったことを裏付けている。
ちなみに、イランの核査察問題を担当してきたハイノネン元IAEA査察局長(現・米大学で教鞭)はAP通信の質問に、「そのようなセーフガードが加盟国との間で締結されたことは過去、なかった」と述べ、事実とすれば異例だと示唆している。
IAEAが要請して開かれた特別理事会で25日、天野之弥事務局長はイラン核協議の合意に基づくイラン査察関連活動に必要な特別費用として年間約920万ユーロの拠出を加盟国に要請したが、その直後に開かれた記者会見では、AP通信の記事に関連した質問が集中的に飛び出し、天野事務局長が返答に窮するといった場面が見られた。
なお、イラン側はAP記事についてコメントを出していないが、パルチン軍事施設へのIAEAの査察要求に対し、「軍事施設はセーフガード協定外だ」という立場を繰り返し主張、査察を拒否してきた経緯がある。
IAEAは12月15日までに査察検証に関する最終報告書を提出する予定だ。その内容如何で対イラン制裁解除の行方が決まるだけに、今回のAP通信記者へのリーク情報にみられたように、イラン核合意の支持派と反対派の間でメディアを巻き込んださまざまな情報戦が舞台裏で展開されるものとみられる。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年8月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。