非正規は「絶望」なのか

今週の週刊東洋経済の「絶望の非正規」という特集を読んで、日本のジャーナリストの質の低さに絶望した。ここに書かれているのはほとんど既知の話だが、その「処方箋」と称して金明中なる「エコノミスト」が提案するのは「賃金の引き上げと社会保険への加入」だ。

正社員と同じ賃金が出せるなら、最初から非正規として雇用していない。社会保険の適用は賃下げになるという基本的な経済学の論理さえ、この自称エコノミストは理解していない。

この特集の基本的なスタンスは「日本型雇用を守って正社員を増やす」という厚労省と同じだ。日本型雇用は戦後できたものだが、その起源は意外に古い。日本の「家」は同族集団ではなく、10世紀ごろできた在地領主を中核とする労働集団だが、それがゆるやかに連合して「大きな家」になったのが徳川幕府だ。ここでは終身雇用が厳格に守られ、軍団としての「一家」を守ることが至上の倫理となった。

商家でも武家と同じようなシステムができ、番頭や丁稚は年功序列で、10年は「雑巾がけ」の徒弟修行をやらせ、家から抜けられないようにした。これは今も大企業や官庁で最初に何年も地方勤務や雑用をやらせるのと同じだ。労働者は雑巾がけのサンクコストを回収するために長時間労働に耐え、出世しようとする。

こういう雇用慣行は、明治期にいったん崩壊した。幕藩体制や身分制度が廃止され、労働者の移動が自由になったので、彼らは職工として企業を渡り歩くようになった。しかし1930年代に戦時体制で彼らは「一家」に再編され、それが戦後も残った。厚生省は、この総力戦体制のために生まれたのだ。

だから厚労省が「正社員一家」を守ろうとするのは当然だ。それは彼らを生んだ国家社会主義の遺産だからである。しかしマイナス成長に入り、新興国との賃金競争の激化している日本で、雇用コストをこれ以上増やすことはできない。規制強化で「家」の閉鎖性を強めると、そこから排除される「非正規」が増えるだけだ。

このように労働問題を「正社員」の側からみて「非正規はかわいそうだ」と思っている限り、問題は永遠に解決しない。総力戦体制の負の遺産を清算して日本型雇用を解体し、労働者を「家」から解放して、年齢を問わず自由に職場を移動できるようにすることしか解決の道はないのだ。