日本はフィンテックに乗り遅れるな --- G1オピニオン

(アゴラ編集部より)この記事はGLOBIS知見録「G1政策研究所」のアドバイザリーボード・メンバー5名によるリレー連載「G1オピニオン」からの転載です。今回の執筆者は、翁百合・日本総合研究所副理事長です。

全世界的なスマートフォンの普及等を背景に、モバイルペイメント・サービスや、インターネット上の個人間資金仲介ビジネス(PtoPレンディング)など、ITを活用した新しいビジネスが欧米諸国や中国などで急成長を遂げている。新ビジネスにはグーグル、ペイパルなどから小さなITベンチャー企業まで、非常に多くの担い手が参入してサービスを競っている。こうした動きに対し、伝統的な決済や資金仲介の担い手であった銀行が、危機感を持ちつつある。2014年5月に「今後の我々のライバルはグーグルやフェイスブックになる」と発言したのは、米国最大手のJPモルガンチェース銀行CEOジェイミー・ダイモン氏である。

ITを用いた技術革新と金融ビジネスの融合を「フィンテック」という。欧米では、こうした新しい事業者の動きに対し、銀行も手をこまねいていたわけではない。銀行だけでは技術革新の動きに先駆けたサービスの提供は難しいと自前主義の限界を悟り、IT企業への出資などオープンイノベーションを2000年代頃より積極化しており、バーチャルモールなどの電子商取引ビジネスの提供、スマートフォンなどマルチデバイスによる決済ビジネス等にも取り組んでいる。

これに対して日本でも、例えば楽天グループがバーチャルモールを展開、傘下の銀行を活用して金融ビジネスを提供、ヤフーや多様なIT業者が新ビジネスを展開しつつある(図表)。全体として、フィンテックの進展度合いは欧米諸国と比較するとまだ限定的であり、特に伝統的銀行の対応はこれからで、環境整備の必要性が議論されている。

※図表 非金融業者の金融ビジネス参入の動き(筆者作成)

技術革新の動きは非常に早い。また、ICT化の発展により、人々のライフスタイルは大きく変化し、金融に対するニーズも変化している。こうした環境変化を捉えた様々な新規事業者の参入により、グローバルに金融ビジネスは既に大変革時代に入ったといってよいだろう。英国では、フィンテックの発展で世界をリードするビジョンを掲げて官民が戦略的な取り組みを始めている。こうした金融大変革時代に日本が乗り遅れないように、政府や民間が取り組むべきことは何か。

まず、日本でも、金融機関のみならず、IT関連企業がイノベーションに挑戦しやすい環境を作ることが必要だ。政府として必要なことは、技術革新のスピードに対応できる柔軟な規制体系を考えていくことであろう。フィンテックは、多様な担い手から様々なサービスが競争的に提供されることが必要であり、今までのような縦割りの金融業の概念は大きく変わるはずである。

今後は、業態ごとの規制の考え方だけでなく、業態横断的にシームレスに利用者が安心してサービスを使えるような環境を整える必要があるだろう。また、銀行業に関しては、限定列挙主義の業務範囲規制体系では、こうしたスピードに乗り遅れる。新しいビジネスをやりたいという銀行に対しては、スピーディーに個別に認可できるような仕組みも検討する必要があるだろう。もちろん、その際必要なのは、これを認可する当局の裁量が大きくなりすぎないように、明確な基準を明らかにするなど、透明性を確保することだ。

事業者にとっての課題は、人々のニーズに合った金融サービスをタイムリーに提供することであるが、特に利用者が安心して新しいサービスを使えるために、セキュリティー技術を飛躍的に発展させ、安全性に配慮することが求められる。また、ITベンチャー企業と金融機関のオープンイノベーションを推進し、保守的とされてきた金融機関も、自分とは異なる新しい発想やノウハウを積極的に取り入れて、安全で便利、そして付加価値の高いサービスを提供していくことが求められる。

【今回のまとめ】
●欧米、中国でITを用いた技術革新と金融ビジネスの融合である「フィンテック」が急成長している
●日本は出遅れ。行政はIT関連企業がフィンテックに挑戦しやすい環境を整備することが必要だ
●事業者は、セキュリティー技術を発展させ、異業種オープンイノベーションを推進すべきである


翁 百合
株式会社日本総合研究所 副理事長



「100の行動」「G1政策研究所」とは?
「100の行動」とは、日本のビジョンを「100の行動計画」というカタチで、国民的政策論議を喚起しながら描くプロジェクト。一般社団法人G1サミット 代表理事、グロービス経営大学院 学長、グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナーである堀義人が、2011年7月に開始した。どんな会社でもやるべきことを10やれば再生できる、閉塞感あるこの国も100ぐらいやれば明るい未来が開けるという信念に基づく「静かな革命」である。堀義人による4年をかけた執筆は2015年7月に完了した。

「G1政策研究所」は2014年8月に一般社団法人G1サミットによって創設されたシンクタンク機能。日本を良くするための具体的なビジョンと方法論を「100の行動」として提示し、行動していくことを目的としている。アドバイザリーボードの構成は以下の通り。

【顧問】
竹中 平蔵 慶應義塾大学教授、グローバルセキュリティ研究所 所長

【アドバイザリーボード】
秋山 咲恵 株式会社サキコーポレーション 代表取締役社長
翁 百合 株式会社日本総合研究所 副理事長
神保 謙 慶應義塾大学 総合政策学部准教授
御立 尚資 ボストン コンサルティング グループ 日本代表
柳川 範之 東京大学 大学院経済学研究科・経済学部教授
堀 義人 グロービス経営大学院 学長、グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー


編集部より:この記事は、GLOBIS知見録「G1オピニオン」2015年10月23日の記事「金融新時代の到来と課題」を転載させてもらいました(見出しはアゴラ編集部で改稿)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はG1オピニオンをご覧ください。