オーストリアではこれまで、「隣国で起きたことは少し時間が経過すれば、わが国でも起きる」といわれてきた。アルプスの小国・オーストリアから見たら、ドイツは大国であると同時に頼もしい兄貴のような存在だった。ドイツ語という共通言語もあって、ドイツとオーストリアは兄弟のような関係だった。オーストリアの与党「国民党」はメルケル独首相が党首を務める「キリスト教民主同盟」(CDU)の姉妹政党といった具合だ。
それが今夏以降、次第に険悪化してきた。厳密にいえば、シリア、イラクなど中東諸国からの難民の殺到がきっかけでこれまで良好だったドイツとオーストリア両国の関係に亀裂が生じてきたのだ。
メルケル独首相は8月末、中東からの難民の殺到に対し、「正式の難民は受け入れる」と公表した。これ受けて、多くの難民・移民がセルビアやマケドニア経由のバルカン・ルートからハンガリー入りし出した。それに対し、ハンガリーのオルバン首相は、「難民問題はドイツの問題だ」と指摘、対セルビア国境線沿いに高さ4メートルの柵を建設する一方、ハンガリー入りした難民をバスや列車でウィーンに送り出した。
ハンガリー政府の対応に驚いたのは隣国オーストリアだ。ファイマン首相はオルバン首相を名指しで、「欧州の一員としての連帯感に欠けている」と批判した。両国は本来、ハプスブルク王朝時代から同盟関係だが、難民問題が契機となって険悪化した最初の例となったわけだ。
オーストリア側はハンガリーから同国入りした難民を「彼らの目的地はドイツだ」としてバスや列車で今度は独バイエルン州国境まで輸送し始めた。すると、バイエルン州のキリスト教社会同盟(CSU)のホルスト・ゼ―ホーファー党首は、「難民の無条件の受け入れは出来ない」と不満を吐露し、メルケル首相の難民受入れ姿勢を批判する一方、隣国オーストリアの難民対策に対しても、「彼らは難民を収容せずにドイツに送り出しているだけだ。人身売買業者と同じことをしている」とあからさまに隣国を非難する声が出てきた。
それだけではない。トーマス・デメジエール独内相は、「オーストリア側は深夜、数千人の難民をわが国に事前通知せず国境近くまで運び、後は徒歩でドイツ国境線入りするように誘導している。難民の中にはオーストリアに難民申請を希望していた者もいたが、バイエル国境近くまで運ぶなど、トリックを駆使してできるだけ多くの難民をわが国に輸送している」と批判している。
ドイツは自衛手段として対オーストリア国境線に柵を建設することを検討し始めた。それに呼応するように、オーストリア側も難民が国内に留まったら大変ということから、対スロベニア国境線に同じように柵を建設し、難民の流入を防止する対策に乗り出してきた。
ちなみに、同国の野党「緑の党」は、「柵建設費があるならば、それを難民収容のために使用するべきだ」と要求。極右派政党「自由党」のシュトラーヒェ党首からは、「政府の決定は正しい。願わくば、その建設する柵がスイスのチーズのように穴だらけではないことを願う」と皮肉を言われる始末だ。
オーストリアとドイツの隣国関係が今後、どのように展開するかは目下、不明だ。両国政府は関係がこれ以上悪化しないように乗り出してきている。
明確な点は難民の殺到が続く限り、両国政府は国益最優先の政策を実施する以外に他の選択肢がないことだ。いずれにしても、オーストリアとドイツ両国の気まずい関係は難民問題がもたらした欧州政界の縮図だろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年11月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。