日本経済新聞4日付けの1面企画「再出発の日中韓(下)実利探る企業に足かせ 問われる経済連携」は改めて、経済と政治・外交の溝、矛盾を考える好材料と思えた。
経済的には、日中韓は複雑、重層的につながって協力の幅が広がっており、相互に相手なしではやっていけないほどに関係が密になっている。
例えば、政治外交の冷却化から古代シルクロードの起点だった陝西省西安市への日本人観光客が激減、2008年秋に成田―西安間の直行便は途絶えた。ところが13年初めから1、2週間に1回のペースでチャーター便が飛び続けているという。
14年4月、西安市で韓国サムスン電子の半導体工場が稼働した。総投資額が70億ドル(約8400億円)に達する一大事業。チャーター便は「全体の7割が日本メーカー製」(物流会社)という製造装置などを工場に運んでいるのだ。
西安市は中国と欧州をつなぐ「一帯一路(新シルクロード構想)」の要衝。陝西は構想の旗を振る習近平国家主席の故郷だ。最高指導者のメンツがかかるプロジェクトを韓国の巨大企業と日本のハイテクが支える。
同様の構図は様々な地域、業種で見られる。昨今、中韓の日本へ強硬姿勢が和らいでいるのも中国の経済減速で両国経済の先行きに暗雲が垂れ込めているからだ。日本との関係を改善しなければ、技術革新の発展は多くを望めず、深刻化する環境汚染や雇用悪化に対応できないという思いがある。
日米など12カ国が参加した環太平洋経済連携協定(TPP)が大筋合意に達したことに対する焦りがこれに拍車をかけ、中韓は日中韓自由貿易協定(FTA)の前進に注力する構えだ。
緊密な経済関係こそ平和の礎え。経済がグローバル化し、相互依存が深まった今、無用な争い、軍事衝突は簡単には起こらない。ビジネスマン中心に日本人の多くはそう思っている。
だが、事はそう甘くない。第一次大戦の数年前にも、英国のジャーナリスト、ノーマン・エンジェルが出版した「大いなる幻想」が世界的なベストセラーになった。電信、電話が実用化し、鉄道網、汽船の定期航路の発達で、世界が狭くなり、国境を越えた商品、資本、人の行き来が増える中で、領土拡張競争は無意味だ。合理的に考えれば、相互に経済的な痛手を受ける戦争など起こすはずがない。戦争が起こる危険など「今や幻想」だと説いたことが多くの読者をひきつけた。
ところが、1914年6月、サラエボの銃声が第1次世界大戦を引き起こした。サラエボでオーストリア・ハンガリー帝国の皇位継承者フェルディナント大公夫妻が、セルビア民族主義者に暗殺された事件だ。
当時欧州の為政者はだれも戦争を望んでいなかった。だが「イザ事が起これば、かく対応すべし」という各国の戦争準備計画が大きく作動し、またたく間に戦火が欧州に広がってしまった。
つねにくすぶっている各国間、民族間の反目、疑心、領土拡張欲が戦争計画の顕在化を促し、加速させたことも大きかった。
軍部中心に版図拡大に燃える「中国の夢」、根深い反日意識の韓国。日中韓の火種はつねに存在し、緊密な経済関係の良さを忘れさせてしまう。
だから、相互の反目が戦争に発展しないように、連絡と対話を重ねるのが外交の不可欠な課題となる。だが、それだけでは足りない。相手が簡単に手出しできないような軍事力を装備し、利害関係の一致した国家と同盟関係を結び、それを敵対国家に伝え続けなければならない。
「スピーク・ソフトリィ ウィズ ビッグ スティック(棍棒片手に優しく語りかける微笑外交)」が外交の要諦なのだ、とは昔から言われる。
その点、中国の軍事力強化と米国の軍事予算削減のもと、安倍政権が集団的自衛権の行使を容認して安保法制を確立、日米同盟を強化したのは、時宜を得た政策と言える。軍事力の備えがなくて、対話と言っても相手(中国や北朝鮮)は聞く耳を持たないだろう。
ただ、棍棒の強化だけでは偶発的な軍事衝突の恐れは高まり、それが全面衝突に発展する危険なしとしない。米国が、南シナ海を自国の領土と主張し、島嶼に軍事基地を築く中国の強引なやり方を認めず、駆逐艦を派遣するのは正しい。だが、その一方で、中国との対話を重ねるのも偶発的衝突を回避する意味で重要なのだ。
また、外国は時に妥協、譲歩も必要となる。5日付けの日経によれば、米国のラッセル国務次官補は「慰安婦問題で日韓の指導者は最終結着できる道を探ってほしい」と求めた。日韓がこの問題で溝を広げたまま、韓国が中国の政治的支配下に落ちることを恐れてのことだだろう。
日本政府は1965年の日韓基本条約締結で慰安婦問題などは決着している、という立場であり、安易な妥協はすべきではない。それはたぶん米国も承知している。しかし、「時に高度の政治判断も必要でしょ」とラッセル国務次官補は、狭い妥協の道を探ってもらいたいと要求しているのだろう。
国の独立・名誉と平和・経済の安定をどう両立させるか。その知恵が外交を洗練させる。安倍政権の政治外交に期待したい。
井本 省吾