なぜ人は情報を漏らすのか --- 長谷川 良

世界に12億人以上の信者を有するローマ・カトリック教会の総本山バチカン法王庁で機密情報が外部に流れるという不祥事が発生した。バチカンでは2012年にも同様の機密情報流出事件が起きている。バチカンは昔から“秘密の宝庫”と呼ばれてきたが、その宝庫に近づき、その宝を手に入れようとする人が絶えないのだ。


▲イランの核問題の特別理事会に臨む天野之弥事務局長(IAEA提供)

バチカンの機密漏洩事件についてはこのコラム欄で詳細に報告済みだから、事件の経緯に関心がある読者は読んで頂きたい(「『第2のガブリエレ』が現れた!」2015年11月5日参考)。外交官や情報機関の情報戦については別の機会に譲ることにし、ここでは日頃考えてきたテーマ、「なぜ人は情報を漏らすのか」について、少し考えてみた。

機密情報を漏らす人はどの時代にもいる。だから、機密情報を取り扱う政府関係省、国際機関は情報の漏洩防止に頭を痛める。例えば、ウィーンには国連機関の花形、国際原子力機関(IAEA)本部がある。IAEAにはイラン、北朝鮮関連情報など機密性の高い情報が保管されている。日本人初のIAEA事務局のトップに選出された天野之弥事務局長が就任直後に取り組んだ課題の一つは、職員の機密保護遵守の強化だった。核保障措置協定(セーフガード)の関連情報が連日、メディアに流れた前事務局長エルバラダイ氏時代(1997~2009年)の悪習を断つためにも急務の課題だった。機密性の高い情報に接触できる職員は機密保護に関する宣言書に署名を要求されたほどだ

IAEAの場合、現職時代だけではなく、退職後も機密情報を流したことが判明すれば、さまざまな制裁を受ける。当方の知り合いのIAEA前職員が、「君に情報を流せば、僕の年金がカットされるよ」と冗談交じりに語ったことを思い出す。

最近は、外部の人が侵入して保管されていた機密文書、ファイルを金庫から盗む、といった類の流出事件は減少する一方、ハッカーによるコンピューター・ネットワークを利用した情報流出が増加してきた。

ところで、情報を外部、特に、ジャーナリストに流す人間は情報が公表された後の効果を事前に計算しているものだ。その動機は、自身が所属する会社、機関、上司への報復、攻撃、復讐といった極めて人間的な感情に基づくケースが多い。個人レベルで政治的動機から情報を外部に流すケースよりひょっとしたら多いのではないか。

 “第2バチリークス事件”と呼ばれるバチカンの今回の事件の主犯者、「聖座財務部」の高官は、密かに願っていた機関へ人事の道が閉ざされたため、その報復のために情報を流したという。元法王執事による第1バチリークス事件とは異なり、第2バチリークス事件は非常に人間臭い動機が絡んでいたわけだ。

もちろん、人間的な感情に基づく情報漏洩だけではない。情報を売るケースがある。経済的利益を願った情報流出だ。経済スパイが拡大してきた今日、この経済的動機による情報流出事件が増えるだろう。

情報を流す人とそれを受ける人には信頼関係がなければならない。信頼できない人間に危険を冒してまで情報を流す人はいない。だから、情報を受けた側はその情報源を絶対口外しないとのが原則だ。

一方、情報流出の被害を受けた会社、機関がその流出ルートの調査に乗り出せば、情報源を見つけることは難しくはない。世紀のスクープと呼ばれたウォーターゲイト事件(1972年)の情報源探しは最終的にはそのリーク関係者の告白で幕を閉じたが、誰が流したかはその時の関係省内の人間模様を分析すればかなり推測できるものだ。国際メディアのスクープといわれる記事の多くはリークによるものだ。だから、読者は情報を流した側の意図を考えることで世界情勢が一層見えてくるものだ。

参考までに、機密情報を盗み出し、それを報道して日本新聞協会賞を得たジャーナリストが過去いたことを再度、想起したい。チェルノブイリ原発事故(1986年)に関するソ連政府側の報告書がIAEA広報部部長(日本人初の国連機関の広報部長として有名となった人物)のテーブルにあった。当時の朝日新聞社記者がその報告書を盗み、本社に送信し、報道した事件だ。盗んだ記者は処罰を受けるどころか、日本新聞協会賞を受賞したのだ(「朝日のIAEA報告書“横流し”事件」2009年2月28日参考)。

情報社会の今日、ストレスで悩まされ、人間関係で問題を抱える人が増えている。それだけに、情報の流出事件も増えるだろう。秘密を墓場まで持っていける人物は非常に稀だ。人はいつかその秘密を吐き出したいという衝動に駆られるからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年11月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。