「ソフトターゲット」のテロの恐怖 --- 長谷川 良

パリで13日夜(現地時間)、イスラム過激派テロリストによる同時テロが発生し、仏メディアによると少なくとも128人が死亡し、200人以上が負傷したという。「前例のないテロ事件」(オランド仏大統領)は欧州が初めて体験する大規模な同時テロ事件だ。フランス国民ばかりか、欧州全土に大きなショックを与えている。

オバマ米大統領やロシアのプーチン大統領は今回のパリ同時テロを厳しく批判し、オバマ大統領は、「米国はフランス国民と共にある」と連帯を表明した。

オランド大統領は非常事態を宣言し、トルコのアンタルヤで15日から始まる主要20カ国、地域首脳会談(G20)の出席を断念し、テロ対策に専念するという。なお、同大統領は14日、犯行はイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」によるとの見方を明らかにしている。

今回、少なくとも6カ所がテロの襲撃を受けたが、いずれもテロ対策が難しいソフトターゲット(レストラン、ホテル、ショッピングセンターなど)と呼ばれる場所だ。米ロックグループ Eagles of Death Metal のコンサートを行われていたパリの有名な劇場バタクラン(Bataclan)、カンボジア料理専門レストランや喫茶店、パリ近郊のサッカー競技場(Stade de France)周辺だ。現場から自動小銃の銃声が響いたという。仏メディアによれば、テロリストたちは「神は偉大なり」(アラー・アクバル)と叫んでいたという。また、「テロリストがフランスのシリア軍事介入を批判していた」という情報も流れている。

サッカー競技場で同日、フランスとドイツの親善試合が行われていた。米CNNによると、試合前半中に2度、爆音が響いたという。同試合にはオランド大統領やシュタインマイアー独外相ら政治指導者たちが観戦していた。オランド大統領は爆音直後、避難した。一方、100人余りの犠牲者を出したコンサート劇場では、テロリストたちは観客を集め、爆弾を投げて殺害したという。当日、約1500人のファンがいた。ちなみに、CNNは14日現在、パリ同時テロ事件で少なくとも153人が死亡したと報じている。

日刊紙フィガロは「パリの真ん中で戦争」と報じている。犠牲者数では、191人の死者を出した2004年3月11日のスペイン・マドリード列車爆破テロ事件についで多い。

仏捜査当局によると、8人のテロリストが死亡し、そのうち7人は自爆したという。犯行後、逃走しているテロリストがいるとして、全土に緊急事態体制を敷き、市民に自宅待機を要請する一方、国外出国を制限し、テロリストの国外脱出を防ぐ体制を敷いている。

パリでは今年1月7日、武装した2人のイスラム過激派テロリストがパリの風刺週刊紙「シャルリー・エブド」本社を襲撃し、自動小銃を乱射し、編集長を含む10人のジャーナリストと、2人の警察官を殺害する一方、別の1人のテロリストがユダヤ系スーパーマーケットを襲撃し、4人のユダヤ人を殺害するというテロ事件が起きたばかりだ。フランス政府はその直後、厳格なテロ対策を実施してきたが、その10カ月後、パリ同時テロ事件が発生し、多くの犠牲者が出たわけだ。フランス政府のショックは大きい。

欧州の治安関係者は、「テロ対策を強化したとしても競技場やコンサートホールなどソフトターゲットをテロから完全に守ることは難しい」と指摘、テロ対策の限界を示唆している。

1月のテロ事件と異なるのは、今回の同時テロ事件が北アフリカ・中東諸国から大量の難民が欧州に殺到している時に起きたことだ。

メルケル独首相が8月末、シリア難民の受け入れ表明をした後、大量の難民がバルカン・ルートで欧州に殺到してきた。難民の中には経済移民も多い一方、治安関係者の間では、「イスラム過激派が難民の中に交じり込んでいる危険性がある」と警戒する声も聞かれた。難民の収容に限界がきたメルケル独政権は難民対策を変更し、受け入れを制限する一方、国境の監視を強化する方向に動き出した矢先だった。

パリ同時テロ事件後、「厳格な入国審査もなく入国する中東の難民はほとんどがイスラム教徒だ。無制限な難民受入れはテロの危険性を高める」という声が欧州の国民の間で強まり、人道的な難民受け入れに支障が出てくることも考えられる。同時に、欧州国民の間でイスラム・フォビア(イスラム嫌悪)が一層広がることが懸念される。

仏治安関係者はテロリストの身元確認、今回使用された自動小銃や爆弾などの武器入手先の捜査に力を入れていく方針という。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年11月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。