ニューヨーク・タイムズのイノベーション(上) --- 小林 恭子

ベルリンで開催された、テレビニュースの国際会議「News Xchange(ニュース・エクスチェンジ)」2日目(10月29日)に登壇したのが、米ニューヨーク・タイムズ(NYT)のアダム・エリック記者だ(ツイッター:@aellick)。
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NYTは昨年、デジタル戦略をまとめた「イノベーション・リポート」で内外のメディア関係者の度肝を抜いた。もともとは内部用資料だったが、一部がリークされ、多くの人が知るところとなった。

メディア関係者が驚いた理由は、NYTは既存メディアとしてはデジタル戦略に積極的で、先駆的な新聞として知られており、リポートはいかに同紙がデジタル化への体制転換に苦しんでいるかを暴露したからだ。新興サイトをライバル視していることも分かった。

エリック記者がニュース・エクスチェンジにやってきたのは、イノベーション・リポートの後で、NYTがどう変わったか、今はどんな状況かを話すためだった。エリック記者はリポートの執筆者の一人である。
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「モバイルからのアクセスは60%」


記者は長年、外国での報道を中心にやってきたという。2012年にイスラム過激派武装勢力に銃撃されながら一命をとりとめた、マララ・ユスフザイさん(パキスタン出身、現在英国在住)。事件発生前の2009年、エリック記者はマララさんの家を訪ね、マララさんと父をインタビュー取材した。(この点について、記者は会場からの質問を後で受けた。「あなたがマララさんの名前を広げたことで、ターゲットになったのではないか。記者としての責任をどう考えるか」と。エリック記者は「そうは思わない。ほかにもたくさんターゲットになっている人はいて、当時、学校に通う子供たちは完全な対象外だった。取材によって危険が増したとは思わない」と答えている。マララさんは2009年、11歳の時に武装勢力タリバンの支配下でおびえる生活を続ける人々の惨状をBBCに訴えていた。)

エリック記者によると、リポートはNYT自身の中を調査し、核となる部分を変えるのが目的だった。「デジタル・ファースト文化をいかに作ってゆくか」。

現在、NYTのサイトへのアクセスは「60%がモバイル機器による。その半分はモバイル・オンリーだ」。次世代は「すべてがモバイルからになる。紙かネットかの選択肢ではもはやない。モバイル・デスラプション(モバイル機器の普及による既存の仕組みの破壊)が起きている」。

デジタル・デスラプションが発生する現在、NYTの課題は「いかにデジタル読者を増やせるか。困難だが、挑戦しがいのある課題だ。デジタルツールを利用すれば、インフォグラフィックスが作れるばかりか、新たな物語の語り方ができる」。

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350人に取材


NYTの将来図を作るために、リポートの執筆チームはメディア企業、テック企業50社の350人に取材した。そこで分かったのは、デジタル・デスラプションが起きる現在、つまりは、紙の新聞の部数が減る一方で電子版からの収入が十分に伸びていないという状況を「どの社も解決できていないこと」だった。

しかし、前向きな動きの兆候も見つかった。米バイラルサイト「バズフィード」はソーシャルメディアを完全にものにしている。英フィナンシャル・タイムズは電子版読者を増やし、紙版の読者を上回るようになった。英ガーディアンは、購読者とは別に、「会員制」を導入。会員として一定金額を払えばガーディアンが主催するイベントに出席するなど特典があり、そうすることで、ガーディアンを中心としたコミュニティーを作っている。

「NYTの場合は、電子版の購読者100万人を持ち、これだけで収入は2億ドルに上る。こうした数字に支えられ、いわゆる『釣り記事』を出さなくてもよい状況となっている」という。(補足:NYTの紙版の発行部数は約62万5000部)。

 それでも、「質の高いジャーナリズムを発信するだけでは十分ではない」。それは、オーディエンス(読者)を開拓する必要があるからだ。
下に続く


小林恭子
在英ジャーナリスト 小林恭子


編集部より;この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2015年11月15日の記事『国際テレビ会議「News Xchange」リポート-米ニューヨーク・タイムズからのアドバイス』を転載しました(タイトルはアゴラ編集部で改題)。小林さんに心より感謝いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。