いっそ、もう1つの日本創るか。

改革の途上に、官庁や世論の「懸念」という大きな「壁」

行政の世界に身を置き仕事をしていると、越えられがたい壁に直面することが多々ある。

天王寺区で子どもが生まれた世帯が公費助成がこれまでなかった任意予防接種や病後児保育などの子育てサービスを各世帯が任意に選んでバウチャーで支払うという「子育てスタート応援制度」を導入した。政令市の行政区としては史上初だが、これもまた導入には慎重論も根強かった。そもそも行政区は住民票発行などのルーチンワークや市で一律の事業実施に特化しており、大がかりな独自事業をすること自体が珍しい。

しかし、大阪市のように人口260万人の大規模な都市では、24区ごとの地域特性も大きくことなる。24区一律の事業を実施するのは形式的には平等だが、区によって高齢者が多い区、若者が多い区があるので実質的には平等とは言えない。区によって最重要課題も異なるし、重点特化すべき分野も異なる。天王寺区は高齢化率は大阪市、全国平均を下回る程に低いが、隣の西成区は高齢化率が非都市部並に高い。若年世帯が多い天王寺区だからこそ多数者のニーズに沿ってアンケート調査からも求める声が多かった。

また、かつての「こども手当」みたいにあやふやな財源ではなく、既存の区予算の見直しで施設管理経費の無駄を圧縮して、追加的な財源配分がなくても十分にバウチャーは発行できた。今まで見過ごされてきた多数者(子育て層)も支持しているし(必要性もある)、追加的な財源配分も発生しない、負担がかからない(許容性もある)から「子育てスタート応援制度を導入したい」と内部の議論でも主張した。「行政区はなるべく市一律の事業を維持するべき」という声も根強かったが、最後は何とか導入することができた。この事例のように壁を突破できたこともあったが、「壁」を乗り越えられず失敗したこともあった。

天王寺区を越えて広い視野で見れば、こうした壁は無数にある。例えば大阪では生活保護受給者が増大化し財政に負担を与えているが、生活保護事務は法定受託事務であるため、国法の規定を免れない。つまり、保護費支給の基準や金額決定の根本からアレンジすることはできない。仮にアレンジすることができたとしても、重大疾病を抱える人など、世の中にはどうしても行政が支援をしなければならない層も少なくはない。議論には慎重さが求められ、ナショナルミニマムの定義が変わることは現実的ではない。その他、UberやAirbnbのようなシェアリングエコノミーやドローンなどのテクノロジーが実用化・発展するのも交通法令、旅客法令が支障となり、議論が進まない。

大きな要因は新しい制度体系や技術体系を社会システムとして容認してしまったら、「秩序が壊れてしまうかもしれない」という官庁組織や世論の「懸念」だ。改革は常に「懸念」との闘いだ。行政の当事者として「懸念を乗り越えようとする勢力」と「懸念する勢力」の間に立って調整を続けることを余儀なくされる立場としても、胸の内「もっとスピード感を持って改革すべき事柄ではないのか」と思うことが多々ある。

満州国構想という前例から学ぶこと

大阪や日本という既存の行政単位でがんばって議論をしてもスピードアップには限界がある。だからこそ、逆転の発想で解決策を考える。トンデモと批判されるのを承知で言うと、新たに0から行政単位をつくり、そこで実験して、秩序の安定性を実証した上で既存の単位に適用させていくというのも一手ではないだろうか。

実は前例がある。その功罪は歴史学者等で見解が分れるが、満州事変によって1932年に日本が中国東北部に建国した満州国は戦後日本の制度設計・開発に影響を与えた。安部首相の祖父に当たる岸信介元首相は国務院高官として満州国に赴任し、工業化に力を入れた。その時の経験は通産省主導のもと石炭鉄鋼を重化学工業に集中的に投じて経済をけん引する戦後の「傾斜生産方式」の礎となった。もっとも現代において求められている改革は傾斜生産方式のような統制経済ではないし、占領による新たな実験場も到底容認されるものではないが、新たに国をつくり、そこで成果を上げたアプローチを日本にも適用するという発想は使えるのではないか。

パトリ・フリードマンらの「SEA STEADING」プロジェクト

何を馬鹿な話をと思われる方も多々いるだろうが、世界は広い。世界的に著名なクレジットカード決済大手の「Paypal」創業者ピーター・ティールはが出資者となってサンフランシスコ沖合に新国家を建国するというプロジェクトが進んでいる。ティールはアメリカ新保守主義の大家であるレオ・シュトラウスに影響を受けた政治に通暁した投資家で、実際に彼の出資した120万ドルを受けてプロジェクトを進めているのがノーベル賞をとった経済学者ミルトン・フリードマンの孫にあたる、元Googleのエンジニア、パトリ・フリードマンだ。

建国に向けて、フリードマンらが組織する「SEA STEADING INSTITUTE」は洋上に浮かぶ都市をつくるというもので、デザインコンテストやシンポジウムが行われている。ゆくゆくは彼らはここで社会福祉や最低賃金を廃止、建築基準、武器規制のない独自の政治体制を持ったリバタリアン(自由市場主義者)やアナルコキャピタリスト(無政府資本主義者)のユートピアをつくろうとしている。プロジェクトの過程でも多くの知見が得られるだろうし、極めて高いハードルだが、国連が独立を承認して、国家のあり方について常識を覆す事例となるかもしれない。

< 参考:SEASTEADING INSTITUTE http://www.seasteading.org/ >

※写真はパトリ・フリードマン本人。

新国家「ニュージャパン」を建国しよう。

翻って日本。近海に新国家「ニュージャパン」を建設するとしてみよう。筆者はセキュリティの問題などから議論が進まないネット選挙・住民投票などを実験してみたいし、新しい意思決定のプロセス自体を考え、実験してみたい。起業家はドローンでもシェアリングエコノミーでも自由にやったらいい。それらを需要したい人が移住してくるから、「懸念」する人もおらず、気兼ねなくビジネスできる。週末は家族・友人に会いに日本列島に戻ってくる。そんな生活を送ろう。

そのうちどこかの自治体あたりが「うちでもニュージャパンでやっていることを『一部試してみたい』」とか言ってくるかもしれない。それを特区制度で国が承認して、徐々に日本が変わっていく。そうこうしている間に、ニュージャパンの方が魅力的な国になっているかもしれない。

日本の社会システムを変えるために、使えそうだなと思う手段はなんでも本気で検討、選択していきたい。

追伸

ちなみに、大阪にニュージャパンは実在する。サウナだけど。プロレスにも(ry

■水谷翔太 大阪市天王寺区長

早稲田大学卒業後、NHK記者を経て、橋下大阪市長実施の公募に合格し、2012年に史上最年少で天王寺区長就任(当時27歳)。

公式ブログ「ありがとう!天王寺