おおさか維新は「大阪市廃止」に固執するな --- 水野 修


11月22日の大阪ダブル選では、おおさか維新(以下、維新)が圧勝した。その要因、維新の主張について、「都」制についての考え方も含め、それに対する愚見をのべたい。

ひとつは、維新の都制に対する提案に対して、反維新側には、対案がなかったといわれる。果たしてそうだろうか。そもそも都制とは、大都市を廃止し、府県が吸収するという考え方であり、戦時下の昭和18年成立の東京都を実例とする。戦後、昭和22年に施行された地方自治法に規定のあった大都市が府県から独立する(区域外となる)という特別市制の対極にある制度である。

昭和31年に自治法が改正され、実現した現在の大都市制度である政令指定都市制度は、特別市制は事実上府県の分割であるのに対し、大都市を府県のなかに置きながら、大都市が持てる能力を十分に発揮できるよう、府県の大都市への監督を一部廃止し、権限・財源の一部を大都市に移譲することにより、大都市行政の一体性を確保しつつ、府県域をも超える地域での中枢管理機能を発揮させようというものだ。反維新側は、この政令指定都市制度について、改革・改善していくという、地味だが堂々たる対案である。

第二は、反維新は、自民と民主・共産さらにはシールズまでが野合したものだ、という。この現象は、つい最近の安保法制の動きをみても、確かに奇怪なものだ。しかし、維新の、大阪市を廃止する、という政策が、特異なリーダーシップに基づく余りにも破壊的でコスト大な構想であるため、やむを得ず、この一点のみにおいて協調したものであろう。しかし、このことが、維新のベテラン議員がもともとは自民党だったこともあり、反維新に立つはずの自民支持層のまとまりを減ずることとなり、反維新の最大の弱点となり、敗因ともなった。

第三は、維新は、反維新はすべて既得権益擁護者であるかのように主張する。しかし、反維新は、都制に凝り固まった不毛な制度論に終止符を打ち、府市連携して経済の活性化などの政策を推進しようということだ。なお、大阪市について、人口が百万人多い横浜市よりも職員数が多いといわれる。しかし、横浜市の昼夜間人口比率は、0.9である(巨大な東京の巨大なベットタウン)のに対し、大阪市は、東京都区部の1.35よりも大きい1.38である(05年国勢調査)。「昼夜間人口比の値が大きければ、それだけ昼間の人口流入が多いことを意味している。この値は、地方自治体にとって交通体系の整備や行政施設の規模、様々な施策の内容と量を決定するために重要である」(北村亘「政令指定都市」中公新書)。現に、予算規模は大阪市が大きい。

第四は、都制についての住民投票は否決されたが、特別区の数や区域の線引きについては、今後住民の意見を良く聞く、と維新は主張する。これこそが、大阪市の廃止を議論の焦点にしないための詭弁ではないか。政令指定都市の権限・財源どころか、市町村の基幹税である固定資産税等や種々のまちづくり権限等を府が吸い上げ、残余の事務を、公選の区長・議会が統括する特別区に処理させようとするものだ(付言すれば、こんな財源なら、どの特別区も自律性のない府の保護区となる)。特別区の数や線引きなどは、百家争鳴でどこにも正解は無い、要するに大阪市の廃止という核心を避けて、どうでもいいことを議論しましょう、ということだ。これをカモフラージュあるいはおためごかしという。

第五に、維新は、東京でできたことが、大阪でできないはずはない、と主張する。東京に都制が施行された頃の廃止された東京市の人口は、東京府の9割であった。現在も、東京23区の人口は、東京都の7割だ。一方、大阪市の人口は、大阪府の3割にすぎない。環境がまったく異なる。また、維新は、バブル期の破綻した府市の施設を、印象操作的に、二重行政の象徴としており、その解消こそが、都制の目的だ、という。

バブル期の施策については府市ともに反省することは当然だが、今も二重行政があるなら、基礎自治体の重視という地方自治の原則からいって、市ができることは市に任せ、府が撤退し、府は、自らは当該施策を行えない市町村で、補完行政としてその施策を行うべきであって、単に、二重行政ということで大阪市の廃止とはならない。

結論として、今後、維新・反維新がどういう動きになるかわからないが、双方が理解しあって、府市連携に向けた真の改革を進めていくためには、維新が、既定の方針として大阪市を廃止する都制を前提とするのではなく、幅広い観点から、それこそ都制とは真逆の特別市制も含めて、大都市制度の在り方を議論していくことが肝要であり、まっとうな道であると思われます。

水野 修 無職(元地方公務員)