ドイツの熱意の乏しい静かな決定 --- 長谷川 良

「世界で最も影響力のある女性」に選出されたメルケル独首相は4日、10年間の政権時代の中でももっと不本意な瞬間を迎えたのかもしれない。独連邦議会は同日、独連邦軍にイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)掃討作戦に参戦する道を開く政府案を賛成多数(賛成445票、反対145票、棄権7票、無効33票)で採決したのだ。

この決定を受け、独連邦軍の戦闘機トルネードは来年初めにもシリア内のIS打倒作戦に加わることになる。独連邦軍が国連や北大西洋条約機構(NATO)の枠組み外で軍を派遣するのは初めてだ。連邦軍はフランス軍、米英軍などの後方支援として偵察機を派遣し、最大1200人規模の兵士を送る。期限は来年末までだが、延長する場合、独連邦議会の承認が必要だ。


▲ウィーンの夜明け風景(2015年11月、ウィーン自宅から撮影)

メルケル首相は先月13日、300人の犠牲者を出した「パリ同時テロ」後、フランスのオランド大統領の対IS戦争宣言に連帯表明したが、単なる表明では終わらず、具体的な軍の派遣となったわけだ。独公共第1放送が実施した世論調査では国民の58%が連邦軍の参戦を支持しているという。

オーストリア代表紙「プレッセ」は5日、「ドイツは華やかさも熱情もなく半ば強いられたように静かに対IS戦争へ行進していく」と評し、平和指向の強いメルケル首相にとって、連邦軍の紛争地派遣は不本意な決定だろうと分析する。ちなみに、メルケル首相はこれまでイラクのクルド人部隊への武器供与などに限定してきたが、軍の派遣には常に懐疑的だった政治家の一人だった。

連邦議会の採決を受けた直後、メルケル首相は国民に向け自ら説明するのが常道だったが、フォンデアライエン国防相とシュタインマイヤー外相にその任務を任している。メルケル政権はアフガニスタンに連邦軍を派遣しているが、NATO指揮権下の国際治安支援部隊(ISAF)の枠組みだ。アフガンへの軍派遣はそもそもメルケル政権ではなく、シュレーダー前連立政権(社会民主党と同盟90/緑の党)が決定したもので、メルケル政権がそれを継承しただけだ。

軍派遣に腰が引けているドイツと好対照なのは英国だ。キャメロン政権は対IS空爆について議会が3日承認すると、その数時間後、英空軍はISの拠点に空爆をしている。なんと素早い対応か。

ドイツは戦後、ナチス・ドイツ時代の蛮行もあって、欧州の経済大国になった後も政治的、軍事的指導力を発揮することには消極的な姿勢を取ってきた。その点、終戦後、米国から受けた平和憲法のもと国連中心の平和主義を標榜してきた日本の事情と似ているわけだ。

プレッセ紙は、「過去のナチス・ドイツの影響からだけではない。メルケル首相自身が戦争に対する懐疑が強いこともある」と指摘している。メルケル首相は2003年、野党指導者時代、ワシントンで米国の対イラク戦争を支援したため、政敵から戦争扇動者として批判された体験がある。それ以来、メルケル首相は戦争介入には臆病になったという。リビアへの軍介入を容認する国連安保理決議案(1973)を棄権し、欧米諸国から批判されたことはまだ記憶に新しい。

国際社会は蛮行を繰り返すテロ組織「イスラム国」の壊滅を願っている。その点、コンセンサスは出来上がっている。メルケル首相個人にとって不本意な決定だったかもしれないが、独連邦軍の参戦を国際社会は歓迎している。もちろん、参戦である以上、犠牲も覚悟しなければならないだろう。メルケル首相の指導力に期待したい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年12月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。