あなたは死んではいけない

生前の麻生愛里沙氏。

私にはいま大きな関心ごとがあります。厚労省が施行したストレスチェックの動向です。内閣府の調査によれば、平成26年中における自殺者の総数は25,427人と公表されています。若干の減少傾向にあるともいわれていますが、年間に約3万人が自ら命を絶つという現実が存在します。

3万人と仮定すれば、毎日80人弱が自らの命を絶っていることになります。予備軍を含めたら何倍にもなるでしょう。これらを予防する目的として導入されたストレスチェックには大きな社会的大儀と意義があると考えています。

そして、ストレスチェックに関連する取材をしているなかで、「笑ってみ。それだけで楽になる」(麻生愛里沙 著/ポエムピース)に出会いました。しかし著者は既にこの世には存在しません。中高時代は砲丸投げ選手として活躍し、全国大会5位の成績を収めます。自らの考えや感じたことをポエムや文章にする傍ら、自殺未遂、リストカット、ODなどを繰り返し続け平成27年5月8日に自ら大量の薬物を摂取し24歳で他界します。

本書は自殺者を無くしたいという思いから上梓した両親のメッセージです。本文は著者が残したポエムでつづられているので、彼女の日々揺れ動いている内面が照射されています。非常に繊細でデリケートで感受性の強い女性だったように思います。本書の最後は、両親の言葉として次のように結ばれています。「愛里沙は死んでしまいましたがあなたは死なないでください」

●言葉の影響力

皆さんは、自殺によってはじまる悲しみがあることをご存知でしょうか。それは残された遺族のことです。自殺によって肉親が遺族になる可能性があります。かりに自殺者を3万人、肉親3名と仮定した場合、年間で10万人近くが遺族になっていることを意味します。累計にすればかなりの数になることでしょう。そして、遺族は容赦ない言葉の暴力を受けます。「なんで死んだの」「なんで気がつかなかったの」。心ない言葉を浴びせられます。

言葉の暴力は、肉体的な暴力と異なり、防ぐことが困難です。肉体的な暴力は正当防衛として対応することができても、言葉の暴力は見えにくいからです。実際に、パワハラの多くは上司の言葉や社内でのイジメが原因でしょう。言葉の暴力で、命に終止符を打たざるを得ないほどのショックを与えるのですから、やはり責任は重大です。

昔から、言葉の持つ影響力は歴史すら変えてきました。言葉は魔術やナイフと同じです。しかし残念ながら、人間の放つ言葉の80%はナイフです。相手を傷つけ刺激して時にはグサリと切り裂きます。言葉の暴力とはこのようなことを指すのでしょう。会社組織のなかで、上位の人間の指示とは、時によってはナイフをチラつかせているようなものです。

・こんなことをして会社にいられると思うな!
・会社を辞めたら損害賠償請求するからな!
・お前なんか死んでしまえ!
・これは全部おまえのためを思って言っているんだよ!

人は言葉に対して非常に影響を受けやすく、時には言葉の力で鼓舞され、時には打ちひしがれることがあります。言葉によって、喜怒哀楽を感じ、時には喜びの美酒に酔い、時にはショックを受けます。だから、人は言葉の影響力を理解しなければいけません。ビジネスパーソンは小手先のスキルではなく言葉の影響力を覚えることが大切ではないかと思います。特に、ストレスチェック施行後はその思いが強くなりました。

●遺族という存在

私は15歳の時、ある少年と出会いました。彼は私と同い年でふっくらとした頬と明るい笑顔に特徴がありました。お気に入りの芸能人のブロマイドを持ち歩く普通の中学生でした。ただし私と異なっていた点は筋ジストロフィー症を患っていた点です。既に余命は1年と宣告されていました。

この年のイベントは八丈島で開催されました。約100名の障害者(合計300名)が参加していましたが、彼は八丈島にそびえ立つ八丈富士を登りたいといいます。理由は、命が燃え尽きるまで1分1秒を大切に生きたいから。2時間をかけて頂上に登り眼下の青い海を見ながら「これが最後だろうな」と呟きました。そして16歳を前にした同年12月に彼は旅立ちました。

その模様はフジテレビ「ワイドワイドフジ」に特集として取り上げられました。私自身も強い感銘をうけ、それ以降は微力ながらも、我が国の社会福祉施策に貢献できればとライフワークとしてアスカ王国(橋本久美子会長/故橋本龍太郎首相夫人)という障害者支援をおこなっています。

社会人になり、それとは異なった形で、命の尊さを学ぶ機会が格段に増えてきました。もちろん、命の尊さに優劣をつけることはできません。しかし自殺の場合は、遺族が残されて傷つく現実を忘れてはいけません。偏見をもたれれば遺族はさらに深い悲しみに打ちひしがれます。

自殺で身近な人を亡くすことは他の死別とは異なります。特に身近で大切な人を失ったケースは、他とはまったく異なることを知っておく必要性があると思います。突然、何の前ぶれもなく自殺をするという話もよく聞きます。また、身近で大切な人を失った場合は、現実と向き合うことがさらに難しくなるともいわれています。

この場をかりて、麻生愛里沙氏に哀悼の意を表します。また、私自身も何ができるかを精査し、成すべきことを成していきたいと思います。

尾藤克之
経営コンサルタント